2010年07月25日

『同文算指』の引き算

『同文算指』の引き算

◇ 中国の算術書に『同文算指』(1614年)がある.
 中国に西洋の数学を伝えたのは.ローマ学院で学んだイタリア人でゼスイット会士・マテオリッチ(Matteo Ricci 中国名・利瑪竇・1552.10.6〜1610.5.11)である.
  マテオリッチは1583年中国広州の西方にある肇慶(ちょうけい)に入り伝道に従事した.
  ドイツの数学者クラビウスに学び,クラビウスが撰した数学講義をいくつか中国にもたらした.徐光啓とともに『幾何原本』(1607年)全六巻を漢訳し,李之藻とともに『同文算指』(1614年)を漢訳している.この『同文算指』は,主にクラビウスの『実用算術概論』(1583年)と『算法統宗』(程大位・1592年)にもとづいて編訳されたものである.これがヨーロッパの「筆算」をはじめて紹介し,西洋数学が中国へ伝来した最初であるといわれ,後の算術に大きな影響を与えた.ところがわが国に舶来して後どちらも寛永七(1630)年の「御禁書目録」に挙げられている.
  しかし,その後の算学者梅文鼎・方中通などは「西洋の学問より,中国の学問の方がすぐれている」という先入観があったらしい.明治維新時の和算家の考え方に似ている.

◇ カジョリ著・小倉金之助訳『初等数学史 下』に掲載されている「イギリス算術教授法」として,つぎのような記述があった.(抜粋)
   「ドイツでは“オーストリア法”と呼ばれるもので,これはオーストリア人が最初に採用したものである.例えば 76−49 にあっては“9と7で16,5と2で7”と唱えるのである.実際7から1を引く代わりに、4に1を加えることは,ルネッサンス時代には普通の方法であった.アメリカのある代数教科書では,“オーストリア法”の原理による減法を説明している.」
  この中で「実際7から1を引く代わりに,4に1を加える」の部分が理解できなくて,疑問に感じていた.
  『月刊 言語』Vol.23 No.10所載のエッセイ『日本の算数の不思議」で,フランス・ドルヌ氏(France Dhorne:日仏対照言語学)が,  
  81−65=16 の計算の場合を,
「1から5を引くのは不可能なので,1のけたは10の桁に 『10の単位を一つ貸してくれますか』と頼みます.10の桁は『はい,どうぞ』.1の桁の計算(11−5=E)を済ませたら,1の桁は10の桁に『はい,ありがとう
』と言い,借りた単位を返します.そうすると,引く10の桁の6は,貸しておいた1単位分増えます(60+10=70).80−70=I その結果 81−65=E+I=16 となる.」
  と説明しているが,やはり理解できない点があり疑問が残った.
◇ 最近,中国の筆算の歴史などを調べている中で『同文算指』に目を通してみた.漢文であるので不安があるが,「減法」を詳しく見て,前述の疑問が解けたのである.

 まず,『同文算指』の特徴を列挙すると,
(1)大衍式として,単数から十・百・千・万・億(万万)・兆(万万億)京まで「万万進」で記載している.
(2)加法.現在われわれが演算している縦書で漢数字を使用しているだけである.
(3)乗・除法はつぎの通りである.
  4300678×600394=2582101267132    1623149÷289=5616…125
         四三〇〇六七八         一       
          六〇〇三九四      一 一 二
        一七二〇二七一二      二 五 四 一
       三八七〇六一〇二       陸 七 〇 六
      一二九〇二〇三四        四 弐 八 八 二 
     〇〇〇〇〇〇〇〇         五 六 参 九 七
    〇〇〇〇〇〇〇〇        壱 八 〇 七 七 五 五                           二八九
   二五八〇四〇六八         壱 陸 弐 参 壱 肆 玖( 五六一六                     一二五
   二五八二一〇一二六七一三二      二 八 九 九 九 九  
                           二 八 九 八 八
                           二 八 二
                             二

  ◎乗法は,上記のように漢数字を使用しているが,現行の計算と同じである.
  ◎除法は,中世イタリアの「ガレー法」と同じであるが,末尾の分母・分子はガレー法と上下が逆である.この方法をイギリスでは「抹消法」という.
 (5)九去・七去検算法が出ている.
 (6)1桁の掛け算・「余乗法」が出ている.
  9×8=(10−1)×(10−2)=90−20+1×2=72
  又は  80−10+1×2=90+80−100+1×2=72
  8×8=(10−2)×(10−2)=80−20+2×2=64
又は           =80+80−100+2×2=64
  7×6=(10−3)×(10−4)=70−40+3×4=42
又は  60−30+3×4=70+60−100+3×4=42
3×3=(10−7)×(10−7)=30−70+7×7= 9
又は  30+30−100+7×7= 9
  が記載されているが,これは「指算」に通じていると思う.
◇ では本題の『同文算指』の「引き算」の演算方法を示してみよう.
  「第二図 亦係以少減多但中有上数小下数反大者須立借法 」
とあって「少数から多数を引く」例題として
  4 500 026 304 827−2 929 034 567 892= 1 570 991 736 935  が記されている.
四 五 〇 〇 〇 二 六 三 〇 四 八 二 七
二 九 二 九 〇 三 四 五 六 七 八 九 二
一 五 七 〇 九 九 一 七 三 六 九 三 五
            ↑         ↑ ↑ ↑ ↑
           ㋭         ㊁ ㋩ ㋺ ㋑
(1)下位より1桁ずつ計算する.
(2)1桁毎の演算方法が全桁にわたって示されているが,抜粋してみると,
㋑ 7−2=5
㋺ 二不能減九借作一十二減九得三進位還
   2から9が引けないので,10を付けて12から9を引いて3残る.
㋩ 因前借過一今作八減九又不足仍借作一十八減九得九進位還
   上数の8から(下数+1の)9が引けないので,10を付けて18から9を引いて9残る.
㊁ 因前借過一今作四減八又不足借作一十四減八得六進位還
   上数の4から(下数+1の)8が引けないので,10を付けて14から8を引いて6残る.
㋭ 前借一今作〇減一〇無可減借作一十減一余九進位還
   上数の0から(下数+1の)1が引けないので,10を付けて10から1を引いて9残る.

このように,われわれが学んだ引き算の考え方と異なっていることを知って驚いた.
そこで,私蔵の「筆算」関係のもの12冊調べてみたが,この考え方の書は、『同文算指』のほかにはつぎの3冊であった.
1.『暦算全書・筆算』(梅文鼎・1693年)数を漢数字の基数で縦書き.
2.『筆算提要・完』(伊藤慎蔵訳・弓場五郎校訂・1867年)
3.『小学筆算教授本・巻一』(米国 タウビス著・山田正一訳・1873年)
 2.3.ともに翻訳本ということから西洋ではこの方法であろうことが推測できる.
 フランス・ドルヌ氏のエッセイにあるように,フランスではこの方法であり,フランスの人にも確かめた.ブラジル人,チリ人は日本と同じであることがわかった.
 われわれが習った筆算では,借りた1を被減数から引いて演算するが,これは古くからの伝統である「算木」「ソロバン」によるものであろう.また,西洋の方法は,西洋諸国における,「つり銭」との関連が想像できる.(どちらが先かわからないが)
 このような微妙な考え方の違いがあり,400年以上も経てこのようなかたちで確認できたことを愉快に思った.
posted by そろまんが at 16:26| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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