2009年11月07日

「割算の九九」(割り声)について

割算の九九」(割り声)について
村 上 耕 一

0.はじめに
平成17年9月京都で日本数学協会近畿支部結成集会が開かれました.
その記念講演で,日本数学協会の田村一夫副会長が「割算の九九の実技」を見事に見せてくださいました.
日頃珠算教育にたずさわっている私たちですが,過去のものとなった「割算の九九」については,知らない指導者が増えているのが現状です.
そのような時にその活用を実地に示していただき今更ながら驚きとともに,先人の知恵を目の辺りにして感慨無量でありました.
その田村先生から「実技は見てもらったので,歴史などについてはあなたに任せる」といわれましたので,不十分ではありますがまとめてみました.

1.「九九」について
 中国ではすでに三千年以上前に「かけ算の九九」があったといわれ,敦煌の出土品をはじめ居延や楼蘭でも九九の表がみつかっています.
 日本でも970年に著された『口遊(くちずさみ)』が残っていて,そのどれもが「九九八十一」から始まっているので「九九」といわれるようになったようです.
 ところが,中国からソロバンと同時代に伝わった数学書『算法統宗』(1592・程大位)にでている「斤下留法という,16で割る九九」,そして江戸時代の日本で研究された「飛帰といわれる,金44(銀43)で割る九九」,「開平に使用する,半九九」とか,現在でも初心者用として使用している「足し算の九九」や「引き算の九九」などいろいろな「九九」が考え出されました.
 しかし,本来「九九」といえば「かけ算の九九」のみを指す言葉なのです.
 したがって日本では,「九九」と区別して「割算の九九」のことを「割り声」といって,昭和二十年代後半までソロバンによる割算に使われておりました.

2.中国での割算のうつりかわり
 中国では初期の頃から計算用具として,「籌」とか「籌策」とかいうもの(長さはマッチ棒くらいで,太さは軸を4本くっつけた程度の棒.日本では「算木」といった)が使われていて,計算には不便で手間がかかりました.しかし,不便であるということが,いろいろ「工夫」を生んで発展していったのです.
 その間一貫した考え方として「どうしたら,商を安易に案出することができるか」という点を中心に研究されてきたのであります.
 割算の計算方法は、
 (1) 金蝉脱殻(きんぜんだっこく)といわれる「引算法」
 (2) 三段布算・二段布算による,現在の筆算ともいえる「商除法」
 (3) その中で,除数の首位数が一の場合,一を省略して計算する「省一法」
 (4) 省一法を使うために,あえて除数の首位を一にして計算する「求一法」
 (5) 補数を利用して(加減のみで)簡単に答を求める「増成一法」
 (6) 「増成一法」から発展して,割り声を使う「帰除法」
というように移り変わったのであります.
 その割り声でする「帰除法」が,ようやくその頃中国で普及してきた「ソロバン」に適応されて一緒に日本に伝わってまいりました.

3.「数学」のわが国への伝来
 よく知られているように,わが国に外国から数学が伝来した時期は大きくは過去3回ありました.
 第1回目は,奈良時代のすこし前で,計算用具としての「算木」と「九九」そして「暦」が中国から伝えられました.九九はすぐに当時の知識人の間に広まり,「万葉集」のなかに九九を使った歌が17首あるそうです.
 第2回目は,室町時代後期で,やはり中国から計算用具としての「ソロバン」と割算の九九「割り声」でした.
 第3回目は,もちろん明治維新の直前で,西洋から伝えられた「インド・アラビア数字」と「近代数学」であります.

4.「帰除法」(割り声を使った割算)の成立過程
 北宋の沈括(1030〜94)の著した『夢渓筆談 巻十八』に記されているという「増成一法」の計算方法を記してみることにします.もちろん計算用具は算木ですので,一つの位に十を超える数が布数できることを前提にしてください.
 例  245÷7=35           (除数7の補数である3を利用する)
 除数   百位   十位   一位
  7 2 4 5 盤面の各位に 2−4−5 と布数する.
  +3          百位が2であるので,下位に7の補数 
           +3          である 3 を2回足す. 
2 10 5   盤面は, 2−10−5 となる.
−7          十位の10から7を引けるだけ引く.
+1               1回引けたので,百位に 1 を足す.
B 3 5   盤面は,B−3−5となる.(前のBは答)
+3     十位が3なので,下位の一位に7の補 
+3     数の 3 を3回足す. 
+3
B 3 14   盤面は,B−B−14となる.
−7     一位の14から7を引けるだけ引く,
−7     2回引けたので,十位に2を足す.
+2
B D        盤面は,B−Dとなって,答は35である.

もっと簡単な例で示すと,
 例  32÷8=4            (除数8の補数である2を利用する)
 除数   十位   一位 
   8    3    2        盤面の各位に3−2と布数する.
           +2          十位が3であるので,下位の一位に
           +2          8の補数である 2 を3回足す.
           +2
       3    8        盤面は,3−8となる.
           −8          一位の8から8を引けるだけ引く.
      +1               1回引けたので,十位に1を足す.
       4             盤面は,Cとなって,答は4である.
 このように 30÷8=3…6は,自然な形で「八三下加六」(30÷8は,3はそのままで下位に6を加える)と言うようになっていったことがわかります.

5.「割算」と「割り声」との対比
 「割り声」は,中国の『算法統宗』などでは「九帰歌」といわれました.また,わが国最初の刊本数学書ともいわれる『割算書』(1622・毛利勘兵衛重能)には「八算之次第」として掲げられています.
 つぎに,「割算式」と「九帰歌」,『格致算書』(1657・柴村籐左衛門盛之,昭和まで伝承されてきた原型といわれる)の「割り声」とを対比して掲げてみました.

「割算式」    「九帰歌」    『格致算書』
10÷2= 5    二一添作五    二一天作五   ニイチテンサクノゴ
20÷2=10    逢二進一十    二進一十    ニッチンインジュ
40÷2=20             四進二十        
60÷2=30             六進三十
80÷2=40             八進四十

10÷3= 3…1   三一三十一    三一三十一   サンイチサンジュウノイチ
20÷3= 6…2   三二六十二 三二六十二 サニロクジュウノニ
30÷3=10     逢三進一十    三進一十    サッチンインジュウ    
60÷3=20             六進二十 
90÷3=30              九進三十  

10÷4= 2…2   四一二十二    四一廿二    シチイチニジュウノニ
20÷4= 5     四二添作五    四二天作五   シニテンサクノゴ 
30÷4= 7…2   四三七十二    四三七十二   シサンシチジュウノニ
40÷4=10     逢四進一十    四進一十    シッチンインジュ 
80÷4=20              八進二十 

10÷5= 2     五一倍作二    五一加一    ゴイチカイチ
20÷5= 4     五二倍作四    五二加二    
30÷5= 6     五三倍作六    五三加三    
40÷5= 8     五四倍作八    五四加四    
50÷5=10     逢五進一十    五進一十

10÷6= 1…4   六一下加四    六一加下四   ロクイチカカシ
20÷6= 3…2   六二三十二    六二三十二
30÷6= 5     六三添作五    六三天作五
40÷6= 6…4   六四六十四    六四六十四
50÷6= 8…2   六五八十二    六五八十二 
60÷6=10     逢六進一十    六進一十

10÷7= 1…3   七一下加三    七一加下三   シチイチカカサン 
20÷7= 2…6   七二下加六    七二加下六
30÷7= 4…2   七三四十二    七三四十二
40÷7= 5…5   七四五十五    七四五十五
50÷7= 7…1   七五七十一    七五七十一
60÷7= 8…4   七六八十四    七六八十四
70÷7=10     逢七進一十    七進一十

10÷8= 1…2   八一下加二    八一加下二   ハチイチカカニ 
20÷8= 2…4   八二下加四    八二加下四
30÷8= 3…6   八三下加六    八三加下六
40÷8= 5     八四添作五    八四天作五
50÷8= 6…2   八五六十二    八五六十二
60÷8= 7…4   八六七十四    八六七十四
70÷8= 8…6   八七八十六    八七八十六 
80÷8=10     逢八進一十    八進一十

10÷9= 1…1   九一下加一    九一加下一   クイチカカイチ
20÷9= 2…2   九二下加二    九二加下二
30÷9= 3…3   九三下加三    九三加下三
40÷9= 4…4   九四下加四    九四加下四
50÷9= 5…5   九五下加五    九五加下五 
60÷9= 6…6   九六下加六    九六加下六
70÷9= 7…7   九七下加七    九七加下七
80÷9= 8…8   九八下加八    九八加下八
90÷9=10     逢九進一十    九進一十
 唱え方は,地方や時代によって多少異なるようですが,語呂がよい上記のような唱え方になったらしいのです.
 ではなぜ,1÷2を二一と逆に唱えたのかいう疑問ですが,これはすでにあった「かけ算の九九」(すべて順九九のみ)と区別の必要があったことがあげられます.
 しかし,私は今一つ分数との関係もあると思っています.というより文字通り「分数は数を分ける」すなわち「割算」であります.
 1÷2=1/2 を,中国では『二分之一』,わが国でも『二分の一』と除数を先にいいます.
 しかし,英語ではone two と被除数・除数の順番にいうそうです.
 
 余談になりますが,ご承知のように,「分数」の発生については最古の数学書といわれるエジプトの「リンド・パピルス」(B.C17世紀ごろ)のことはよく知られています.
 ところが,中国でも最も古い数学書の一つである『九章算術』が2千年前にはできあがっており,現在小・中学校で取り扱う程度の分数のほとんどすべてが,すでにこの書物に載せられていて,分母・分子・通分・約分などの用語が使われているというから驚きです.

6.「割り声」の構成とその意味
 前述の割り声は,つぎの5種類の句法で構成されています.
 @ 【何】進一十
  例 二進一十(20÷2)ニッチンインジュウ
    二は二十の中に一十あるので,二を1桁進めて一十にする.


 A 【何何】天作ノ五
  例 二一天作ノ五(10÷2)ニイチテンサクノゴ
    二は一十の中に五つあるので,天に五を作る.
    (ソロバンの上方向を「天」という)
 B 【何何】○十ノ○
  例 三一三十一(10÷3)サンイチサンジュウノイチ
    三は一十の中に三つあって一残るので,一を三(30)にして下位に一を加える.
 C  五【何】加○
  例 五三加三(30÷5)ゴサンカサン
    五は三十の中に六つあるから,三加えて六にする.
 D  【何何】加下○
  例 七は二十の中に二つあって六残るので,下位に六を加える.

7.計算例
 
  しばらく省略します.

8.むすび
 ソロバンが日本に伝えられてから約500年といわれています.ソロバンを計算の道具として,日本独特の数学である「和算」が江戸時代を通して発展しました.
 それが明治の文明開化の促進におおいに貢献して,西洋文化の受容を容易にしたことは知られているとおりであります.
 戦後の経済復興を立派に成し遂げられたのも,ソロバンを基礎とした日本人の計数感覚にあるといっても決して過言ではありません.
 終戦直後のアメリカの教育使節が「日本の教育の,漢字と片仮名・平仮名など複雑な言語・文字によるハンディキャップを補っているのは,ソロバンによる」と報告したと聞きました.
 その頃は,まだ「ソロバンといえば,二一天作ノ五」でした.これは「九帰歌」とか「九帰歌訣」とかいわれ,中国で生まれた世界に類例のない,文字通り「割算の歌」であります.苦手なかけ算・わり算を「九九」や「割り声」という語呂のよい歌で楽しく?計算するという,知恵に感動します.
 この「割り声」も,戦後の教育改革とソロバンの就学対象者の低年齢化など状況の変化により,昭和二十年代から三十年代にかけて珠算界での大論争の末,ソロバンの世界からその姿を消しました.
 現在の珠算による割算は「商除法」(中国での発生は帰除法より古い)といって,筆算と同じような方法で計算しています.
 その結果,珠算は技術的にも数理的にも大きく飛躍したことは否めませんが,われわれ珠算人にとって「二一天作ノ五」が,日本のソロバンのルーツであることに変わりなく,これからも大切に受け継いでいきたいと思っています.

●…………参考文献
『珠算算法の歴史』山崎與右衛門・戸谷清一・鈴木久男,森北出版株式会社(1958)
『珠算襍記』第五集,日本大学珠算研究会(1961)
『東西算盤文献集』第二輯,山崎與右衛門,森北出版株式会社(1962)
「九九について」須賀源蔵,『塵劫記論文集』(1977)
『和算以前』大矢真一,中公新書(1980)
「九帰法成立の背景」戸谷清一,『数学史研究』92号(1982)
『分数と% なるほどゼミナール』船越俊介,日本実業出版社(1984)
『日本人の数学感覚』下平和夫,PHP研究所(1986)
『珠算の歴史』増補訂正版,鈴木久男,珠算史研究学会(2000)

『数学文化』No.6(2006.6)所載
posted by そろまんが at 16:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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