2010年03月04日

ソロバン万華鏡

  ソロバン万華鏡(大阪珠算月報より)

1.「願いましては!」

  ソロバンの練習方法には、独算(個人で行う)と対算(複数で行う)とがあるが、対算の代表的なものは読上算である。

  読み手が使う言葉を記してみると、
 (1)開始詞・枕詞・冒頭辞
    願いましては。上げては。御破算で。御破算で願いましては。更に上げては。
    払っては。置いては。
 (2)合詞・間辞
    一口ごとの語尾に「也」を入れて句切る。
    加えて。尚加えて。尚足してが。
    引いては。引いてが。取ってが。尚引いては。尚お差しが。尚取ってが。
    大きく。小さく。(例えば一問題中に、十億と十万が重なるような場合)
 (3)結び詞・終辞
    ……では。……は。……也では。……そこでご覧。
  などがある。


  その中で最初にある「願いましては」について、なぜ、読み手が置き手にお願いするのかについて、述べてみます。
「江戸時代の商家では、一日の商いの〆をその夜行った。大切な計算であるので、手代か小番頭が大福帳の金額を読み上げて、主人や大番頭がソロバンに入れるのである。
  手代など下の者が、上の地位の人に読み上げるので、『では、読み上げますからよろしくお願いします』という意味で、『願いましては!』と言ってから読み始めた。
  その名残りが今に伝わって、全国に広がったのである。」
 
 因みに、桑名の曽我和三郎先生によれば、伊勢百日算では、「上げては!」であったとのことでした。私も「上げては!」で習いました。



2.「運珠・運指」について

  歌舞伎の中村勘三郎が「継承文化で大切なのは、守りと進歩である」という。
  「守り」とは正しく伝承することであり、「進歩」とは次代へより良い伝統として継承することである。常に「温故知新」の精神を大切にして、基本を顧たいと思う。。

(1)運指法
 珠算の主眼は「正しく・速く」であるが、「迅速」を要求しだしたのは、ここ百年のことである。その第一要件といわれるのが「運指と運珠」である。
@一指法
 原則として食指(人差指)のみにて運算する。(川村貫治先生は一指法であった)
A二指法
 原則として、一珠の添入のみに拇指(親指)を使用し、残りの運珠は食指で運算する。
 今現在一般に行われていて、人間工学的にも最適と考えられる。
 「伊勢百日算」では、元来一指法であったが明治末期に二指法に切り替えられた。
B三指法
 中国ソロバンでは、親指・人差指・中指を使用する。
 上珠(五珠)は、頂珠(枠側の五珠)・内珠(梁側の五珠)の上げ下げは、ともに中指。
 下珠(一珠)を上げるのは親指、下げるのは人差指を使用する。
 (下珠=親指、上珠=人差指、頂珠=中指の説もある)
 「ロシア・ソロバン」では、人差指・中指・薬指を伸ばして使用。
C両手
 運算中に左手で、無駄珠・遊び珠等を取り除いて、盤面を修正する。
 一部の選手に見られるが、一般的ではない。

(2)運珠法
運珠については、二指法は述べる必要はないと思うが、一指法(食指)の場合のみ参考のために記しておきたい。

 天    ⇒   地   1+8    ↓@    4+3   ↓@ 
                       ↑A          ↓A 

 十位 ⇒ 天 ⇒ 地   10−4   ↓A   12−6   ↓A 
                    @↓ ↑B       @↓ ↓B

 地    ⇒   天   9−7    ↑A    5−2   ↑A 
                       ↓@          ↑@

 地  ⇒ 天 ⇒十位   8+3    ↑A    6+7   ↑A   
                    B↑ ↓@       B↑ ↑@

 私と同学年でなぜか一指法の人が居たが、五本の指を開いた形で人差指で運算していた。



3.「珠算盤の規格」

  日本では、一般に使用するソロバンについて、「日本工業規格(JIS)S6048−1968」で次のようなことが規定されている。
  @商用範囲 A用語の意味(名称) B種類(桁数) C材料(枠・玉・桁) D寸法 E構造(定位点は3桁目・一丁のソロバン玉には、同質の材料を用いる) F品質(玉の色は、目の衛生に有害な色を用いない。玉の動きは、安定した滑らかさであること) G試験方法(木材の圧縮試験・木材の曲げ試験・桁の強度試験) H検査 I表示(ソロバンは、一丁毎に適当な箇所に、製造業者名またはその略号を表示しなければならない)
 
 ≪中国数学史≫(銭宝j著・みすず書房・1990.2.28)によれば、
  十五世紀になると『魯班木経』に、珠算盤をつくる際の規格が記されている。
   算盤式
     一尺二寸長、四寸二分大、框(わく)六分厚、九分大、起碗底、綫(せん:線)上二子、一寸一分、綫下五子、三寸一分、長短大小、看子而做 
  『魯班木経』には、魯班仙師源流を述べる一篇があり、“皇明永楽間”なる言及があるところからすると、本書の著作は、永楽末(1425)年の後である。
  又『魯班木経』の算盤様式は依然として、やや原始的であり、上二珠と下五珠の中間には、横梁がなく、一条の縄で上下を仕切っている。
  ところが柯尚遷『数学通軌』(1578)によると“初定算盤図式”と称する十三桁の珠算盤図が画かれ、上二珠と下五珠のあいだを木製の横梁で仕切っており、すでに現行の算盤と大差はない。  
  かかる様式の算盤は、その製作年代は1578年を大きく離れないと思われ、それゆえ“初定“と称されるのであろう。
と述べられている。

◎ ソロバンの見分け方の一例を挙げておきます。
 @ソロバンとしての品位があるか。
 Aわく・はりに大きな、そり・ひずみ・傷はないか。
 Bわく材に、大きな節のあるものは、後で狂いやすく折れやすい。 C玉は、色むらの少ないものを選ぶ。(見た目だけでなく、眼のために良くない)
 D玉はまわしてみて、玉の峰に大きな振りはないか。縦から玉の並びをみて峰の良く揃ったものが良い。
 Eソロバンを真上からみて、玉の口と口とがよく合っているか。桁のチラチラ見えるものは玉の落ち着きがない。
 F玉の穴と桁とのすきまは適当か。JIS規格では、0.4o以下となっているけれど、あまり少ないものは新しい間の使いは良いが、後で動きが乱れるおそれがある。
 Gソロバンを振って玉をガチャガチャと動かしてみて、冴えた音のものが良い。材質・型・様式によって若干の差はあるが、ボチャボチャと柔らかい音より堅い音の方が良い。


4.「天下一」

  わが国の珠算の鼻祖毛利勘兵衛重能は、元和年間(1615〜1624)に京都二条京極において「天下一割算指南」という額を掲げて算学道場を開いたと伝えられる。
  また、元和八(1622)年刊行の「割算書」の末尾には『摂津国武庫郡瓦林之住人 今京都に住 割算之天下一と号者也』記されている。
実際、室町時代には、「天下一の剛の者(太平記)」とか「天下一品」などと「天下一」という語がよく使われたようである。
 
  信長が「天下布武」の印を用いるようになったのは、永禄十(1567)年、斉藤龍興を
追って岐阜を拠点としてからである。入京と畿内制圧を目指してのことであろう。
  天下とは、中央政権の所在地としての京・畿内をさす場合と、日本国の支配権をさす場合など多義的だが、ともかく畿内を制圧した者が、日本国の支配権を掌握しうることは明らかであった。
  職人達にとっても、京・畿内の最先端技術を持つ者の中で「天下一」は、そのまま「日本一」を意味していたのである。
  16世紀後半には「天下一」の称号が現れてくる。
 *「天下一与一」(多聞院日記・天正6年正月23日条)
 *「杉物師大工天下一と云う者、御見舞に参る」(尋賢記・元亀元年8月21日条)
 *「ぬし天下一藤左衛門」(津田宗達茶湯日記・永禄2年10月25日条)
 *「いかけの天下一南部の久治」(仝上・天正11年11月25日条)
  当時「天下一」の称号は「天下人」が公許するものとの認識があったと思われるが、信長や秀吉は、そのような公許などによって畿内の手工業者の集団を「天下一」の技術・技能をもつと認定した棟梁のもとに編成し、その組織を通じて職人達に「御用」を「天下」への役として務めさせたのである。≪週刊朝日百科・日本の歴史24≫


  「天下一」の呼称を禁止
  五代将軍綱吉が「生類憐れみの令」で狂気じみた施政を執っている最中に、誰が建議・進言したのか、天和二(1682)年7月「天下一」の文字を禁止したのである。
  秀吉は「天下一」と称する技能の達人・名人をあつめ、すべての技能を奨励したが、綱吉は、家康以来の自称天下人と豪語し「我れが天下一であるぞよ」との家訓の踏襲からか、何事によらず「天下一」の文字を禁止した。≪『割算書の本書名を探る』山路實著・昭和57年10月10日≫
  
  現存する『割算書』の全てに表紙がないのは、表紙に「キリスト教に関係のあることが記されていたのではないか」と言われているが、ことによると「天下一」の文字もあったのではないだろうか。



5.徳川家康と算勘

  「家康が、イギリス人ウイリアム・アダムスから幾何学を教わった≪薮内清≫」という話から、家康が数学に関心があったことがわかる。また、家康自身も数に強かったらしく、「家康が手の指を使って計算したことは有名である≪大矢真一≫」という。
  
  『前田利家行状』慶長四(1599)年 [日置謙編 加賀藩史料 昭和四(1929)年]
  「権現様(家康)に者 御算勘めいよ成 御上手に御座候、御指をひたと御折被成御考候処、少も違不申候由薬師寺宗仙院(元信)先年御咄に候。
  台徳院様(秀忠)にも言外の御上手に御座候、大猷院様(家光)は随分御発明至極の御事に候処、御算用之儀は一向御覚不被遊に付、台徳公より被仰進、御稽古被遊候様にとの御事にて、御勘定方新右衛門と申人、大猷公御前江被召出、算用の儀被聞召候処さてさて合点ゆかぬものかなと上意にて、其以後は御稽古の御沙汰なく成申旨、岡田豊前殿咄に而被聞召候。
  高徳院様(前田利家)には別而御上手にて被成御座候、御人数等之儀御つもり被遊候節の御算盤、はゞ三寸計長さ六七寸許にて、米か銀かの内一色の目をつもり申ものに御座候、常に御具足櫃に御入置被遊候、それにて毎度御人数図かりなど被遊候。
其後芳春院様(夫人)へ被遺、芳春院様より春好院様(後水尾天皇の皇女)へおゆづり被遊候、今井と申年寄女中、春好院様に相勤有之候処、右の御算盤を今井に御預被遊候、春好院逝去以後今井方に存之候を、相公様(前田綱紀)江あげ申候、于今御秘蔵被遊置候旨、同年(享保七:1717)二月御意也」

  これによると、前田利家については「陣中ソロバン」で知られるとおりである。
家康も秀忠も計算(胸算用)が得意であったらしいが、「お坊ちゃま」の家光は算勘が苦手だったようである。

  そのた、天正十(1582)年 秀吉が「備中高松城の水攻め」のための堤を築いたように、色々なところで、計算が必要であった。   
  その頃の武将で、細川幽斎、石田三成、長束正家、小西行長などが、ソロバンを使ったということである。≪『算盤雑話』高井計之助≫



6.「あばれん坊将軍」

  わが国の暦学に(西洋暦算の知識が移入されて)多大の影響を与えた『暦算全書』は、梅文鼎の著作を集めて1723年に刊行されたもので、享保十一(1726)年長崎に渡来した。
  時の将軍吉宗は、この訳述(句読・送り仮名を施す)を≪建部賢弘≫に命じた。賢弘はこれを高弟の≪中根元圭≫に托した。1728年元圭はその任を果たし、賢弘はこれに序文を附して1733年奉呈した。

  八代将軍「吉宗」(1684〜1751)は、天文学に非常な関心をもって、天文・地理学者の西川如見とその子正休、数学者としての建部賢弘などを顧問として招聘するとともに、子午儀を設置して自らも観測に従事し、望遠鏡に十字を加えて精測の便を図るというような有様で、それ以後の江戸における天文学は長足の進歩をした。

  吉宗の天文学に対する関心は、単なる個人的興味からではなく「天文暦日は、民に時を授くるの必要なれば」とて農本主義の時代における農事暦の重要性を認識したためである。
そんな中で吉宗は、和漢の暦はもちろんオランダの説まで広く研究し、当時行われていた「貞享暦」の欠点を改正しようとしたのである。

  この目的のために建部の推薦を受けた中根元圭(1662~1733)は、予て『暦算全書』を見ていたので、支那の暦法の粗漏なことを述べ、本邦の暦学を精密なものにするためには、蘭説に依る必要があり、ついては、禁書の厳を緩めねばならない旨、建部とともに上言したということである。

  元圭は、頒暦後すでに48年を経過していた「貞享暦」の差異を験するため、伊豆の下田および江戸深川において「日の出」の刻限および最高度を実測した。

  建部賢弘(1664〜1739)は、地理学に加えて数学の造詣が深かったので、暦術の解説も数理的に企て、彼の発明になる累約術は暦術の関係からきたものであろうという。賢弘は地理学者として「元禄總図」の不備なる点を指摘し、地図製作上に、北極高度、日月食の観測、経緯度測定の必要なことを主張し、緯度測定のことは、『分度余術』(松宮俊仍著、享保十三・1728年)の中に見え、月食の観測による経度決定法は『授時暦議解』中に説いているという。

  吉宗は、西洋法を用いて改暦を行う心算であったが、保守的な京都の「陰陽頭」に阻止されてその意思を果たすことができなかった。その後、寛政改暦の際、西洋法を用いたのは、このような過程を経た結果、吉宗の内旨を実現したものである。
  吉宗は、西洋文化に非常な関心をもち、青木昆陽に『蘭書読解』をなさしめ、蘭学の興隆の端を開いた。

  このように、吉宗は、近世日本科学発達史における一大恩人である。『日本科学史要』(富成喜馬平著・昭和14年12月)



7.「メーン!」「イッポン!」

  今回は、ソロバンの扱い方などについて、述べてみたい。

 @ソロバンの数え方
  @.「面」:平たいものを数える語
    例  帳面、図面、鏡、琴、テニスコート
 『…但 往時明人ヨリ授与セシ古算盤一面ハ今尚伝蔵ス…』との片岡家の書簡あり。
  A.「挺」:まっすぐな棒状で、手に持って使う道具を数える語
      例  鋤、鍬、墨、銃、蝋燭、艪、駕籠、人力車
  B.「丁」:挺と同じ
      例  書籍の紙数、豆腐、料理、飲食物
C.「本」:棒状の長いものを数える語
    例  芝居、映画、柔道・剣道等の勝負、調子笛の管の音の高さの名称
  ◎「丁」が一般的であるが、私は「面」を使いたい。

 A珠は、「顆」「玉」「個」「子」で数える。

 B保管用の「桐箱」について
  「桐」:軽・軟・色白・狂いが少なく・耐火性と吸湿性に強い。
  火に強く、水に強い性質の桐は、古くから箪笥・金庫・文箱・軸など大切な物の保管箱・琴などに使用された。
 ◎造りが、印籠蓋でないと効果が薄い。なお雨天の時などは逆に湿気を閉じ込めるので注意を要する。

 C玉のすべりが悪い時はよく「滑らし粉」(蝋石のこな)を振ることがあるが、玉も桁も植物質であるので、鉱物質の「滑らし粉」は好ましくない。磨いたり、動きを滑らかにするには、「水蝋樹蝋(いぼたろう)」が良いと、何人かの先人から聞かされた。
 ◎「いぼた蝋」は漢方の薬局などで、入手できる。

 Dソロバンを裸で積み重ねる場合は、玉のある正面同士をくっ着けて重ねると安定するし、玉が痛まない。
 ◎ソロバンを、逆に置くことに少し抵抗を感じるが、「玉同士(実際は玉と相手の桁)を着ける方が玉は痛まない」と、ソロバンの鑑定の名人に教わった。
         


8.「先」と「逆さ」

  暁出版発行の図説『日本のそろばん』に「パスケ式そろばん」という写真が掲載されている。
  その説明に「デンマークのコペンハーゲンのパスケ(Paske)氏の考案になるそろばん。五珠を梁下に、一珠を梁上にして使用するものであり、写真版が逆さに印刷されているわけではない。このそろばんは、表裏兼用の両面になっていて、かなりの大型。珠は3桁ごとに色別されているから、一般用にも盲人用にも使える。
  おや指で五珠を、ひとさし指で一珠を弾く関係から、たとえば[8+9]などは[8+10−1]のように先珠使用で運指する」とあります。

 @.「先」は「先珠」です。
  「先珠」とは、前述のように、8+9 を +10−1 の順番でする運珠のことをいいます。
  88+99 の場合の運珠は原則として +100−10+10−1 の順番ですることで、+100−1 とするのは、(自然にこのように発展するであろうが)過大数の部類に入ると考える。 735+268 や 8999+1058 などは、先読みを必要とし、初心者にとっては混乱し勝ちで誤算の原因ともなるといわれる。
* 先珠使用者の論
  @4+1 も 10−3 も先珠である。
  A原則として、後戻りしないので無駄がない。
* 先珠論者(以下敬称略)
  野中華威治(元大珠協副会長)、木村勤(元ソロバン日本一)、長谷九郎(大分)新開玉次郎(尾道)など。 
* 亀井算は、初歩から先珠で指導して、動きが後戻りしない。
* ロシアのソロバンは、全国的に「先珠法」が取られている。

2.「逆さ」は「逆さソロバン」
  「逆さソロバン」とは、普通のソロバンで天・地を逆にして運算することです。
  この一番の推進論者である長谷九郎は、「玉をうごかす指の特性と、数観念の自然性」にある。@運指は、上の一玉はひとさし指、下の五玉はおや指、A数観念は、数を量的に認識する場合、下から上へだんだんと積み重ねるのが自然である。
  * 「逆さソロバン」論者
   パスケ(デンマーク)、長谷九郎(大分)、谷幸夫(東京)、山田喜久男(大阪・日本珠算奨励会本部) 
  これが、数認識に自然であるというが、暗算習得にもプラスとなるかどうかは疑問であろう。



9. 「デジタル」と「和算」
 
  わずか20年前にはわれわれの周りに携帯電話やパソコンを目にすることはきわめて珍しいことだったのである。それがこんなに普及するとは想像もしていなかった。

  ページャーという言葉があった。ページャー(Pager)または、ビーパー(Beeper)とは「移動中の個人を音や振動を使って無線呼出しするための携帯用受信機およびそのサービス」のことで、これは、NTTの登録商標では「ポケット・ベル」といわれれば思い出す人も多いだろう。
  それが「音や振動」から「文字や数字」で表示できるようになって、現在の携帯電話の「メール」につながるのである。

  パソコンのキーボードには90近くのキーあるが、携帯電話は20ほどのボタンを操作して電話やメールの発信・受信をしている。
  このメールの作文は、前述の「ポケベル」を進展させたもので、ポケベルの文字配列は、凡そつぎの通りである。

11あ 12い 13う 14え 15お  21か 22き 23く 24け 25こ 
31さ 32し 33す 34せ 35そ  41た 42ち 43つ 44て 45と 
51な 52に 53ぬ 54ね 55の  61は 62ひ 63ふ 64へ 65ほ 
71ま 72み 73む 74め 75も  81や     83ゆ  85よ 
91ら 92り 93る 94れ 95ろ  01わ 02ゐ  04ゑ 05を

  例えば、公衆電話からでも、番号のあとに「12 71 83 23」で「いまゆく・今行く」となる。
 
  先日、『明治前 日本数学史X』(1960・岩波書店)につぎのような文章をみつけた。
  『早算手引集』(小形本・山本一二三著・安永四:1775年)の表紙裏に「算数言葉遣」と 
あって、いろは…せす(きやう)を7行7列に配列して「これは そろばん にてなおしをせんとおもふ時、たとへば めでたい といふ時、六五、五七、三二、一 一とおいて見せるなり」云々といってゐる。 

 例  め(65) で(57) た(32) い(11)

          1   2   3   4   5   6   7                         
      1   い   ろ   は   に   ほ   へ   と
      2   ち   り   ぬ   る   を   わ   か
      3   よ   た   れ   そ   つ   ね   な
      4   ら   む   う   ゐ   の   お   く 
      5   や   ま   け   ふ   こ   え   て 
      6   あ   さ   き   ゆ   め   み   し 
      7   ゑ   ひ   も   せ   す   き や う 

  商人が「符丁」を使ったり、仲買人の競りで「袋競り」をしたり、問屋ソロバンに「裏板」があるのは、近くいる他人に交渉過程を知られないためである。

  これは言葉を数に変換して伝達する方法として考えられたものである。
  230年前に、現在と同じ言葉のデジタル化を思いついた人がいたのが驚きである。 



10. 寺子屋について

  近世から、近代初頭の民衆教育機関として寺子屋は、江戸時代ほとんど全国的にゆきわたっていた。
  もとは手習いをする子供達が「寺子(筆子)」として寺院で「僧侶」から教えを受けたのでこの名が起こったといわれている。
  
  室町時代の末に、日本に使いした朝鮮人の筆になる旅行記『日本往還記』には
  「其民に兵農工商僧あり、唯僧及び公族、文字を解する者あり、其余は将官の輩といえども亦一字を識らず」というのが残っている。

  その後、信長・秀吉・家康の施策から「読み・書き・ソロバン」能力の必要性が生じた。

*  兵農分離・・・・・武士・領主層が都市居住となったことにより、村落支配は文書・法度による徹底。
*  経済の発展・・・・商工業の発展により全国的規模で商品が流通、それにともなう貨幣経済の進展。
*  村内自治・・・・・年貢村請制により、上からは触書・法度の伝達。下からは報告・訴状提出。

  近世社会は、本来、民衆一般がリテラシー(識字能力)の必要性を自覚する特質を備えており、近世の成立とともに「寺子屋」の出現は必然であったといえる。

  寺子屋の概要は、師匠が、何かの事情で経営をやめれば、その存在は忘れられていく運命にあるので、寺子屋の記録はほとんど残っていないということである。

  いくつかの資料によると。

*  寺子屋の経営者  平民:40%、武士:26%、僧侶:18%、医者:8%、神官8%
*  指導内容     読み:66%、書き:58%、ソロバン:26% (もちろん複数)
*  算術の指導内容  八算まで:45.3%、見一まで:22.0%、開平:7.3%、開立:6.7%、九九:5.8%、相場割:5.7%、求積:1.6%、利息:1.3%、天元・点竄術:0.9%
*  入門:5歳から8歳の6月6日か2月の初午の日。 
*  下山(修了):10〜13歳
*  必需品:硯箱、筆、紙、墨、天神机(勉強机で寺子の持ち込み)、盲縞の上着、先輩達に配る菓子。(ソロバンが入っていない。高価だったのではないか)
*  学習時間:毎日6〜7時間、朝7時半頃から、昼食は家で、午後2時半頃まで
*  やすみ:毎月の定休日、五節句、年末年始、農村では農繁期
*  授業日数:年300日くらい、土用の間は「朝習い」、旧暦の6,7月は半日 

*  識字率:(江戸後期)男:79%、女:21%、武士:100%

*  確実なソロバンの伝来時期はわからない。(1970年にはあったらしい)

*  それ以前は、算木で計算。(現存最古は東大寺二月堂にある)

   太閤検地(1582〜98)でも、算木を使っていた記録もある。(ソロバンの全国普及にはまだ時間を要したか?)

   これによるポテンシャル(潜在能力)が、明治以降のわが国の発展に繋がったものと思います。
   同じことが、ソロバンにも言えると自負したいものである。




 【ソロバン・数話】

 
1. バビロニアの数学と「和算」

 多くの文明が大河の流域で発生している。そこでは、農業が重要な産業で、収穫した穀物や租税、耕作地などの管理のために計算を必要とした。エジプトでは、洪水で失った耕地の面積を役人が測量し、王はそれにより減税したとヘロドトス(前485〜前425?)が書き残しているとのことである。

 最近になって、いろいろな論文に目を通していて驚いた。
 それは、3800年以前のバビロニアの楔形(セッケイ・くさびがた)文字による「帯縦開平」の計算がなされていたという。
* 記数法が60進法である「バビロニア数字」でする「開平」であること。
* それが、「帯縦開平」であること。
* 最も驚いたのは、解法が江戸時代の和算書『算法新書』(千葉胤秀著、文政13・1830年)と同じであったことである。3600年を隔てた和算の中に同じように解いているのをみると、驚きとともに嬉しくなった。

 『数学の誕生』( 近藤洋逸著 現代数学社 1977.6.10 )をヒントにして、記された。 「数学史にみる幾何学的代数学」黒田孝郎≪『富士論叢』第32巻第1号・1875年≫によると、バビロン第一王朝初期の紀元前1800年頃のものといわれる粘土板(エール大学蔵)に、つぎのような問題が刻まれているという。≪『文明における数学』黒田孝郎・三省堂・1986年・P.23≫

 問 題
 「長さ」と「幅」を加えると6;30’『面積』が7;30°の時、「長さ」と「幅」を求めよ。
 (シュメール人の記数法は60進法であった。ここでは、7個と半分を7;30,と記す。)
これを、粘土板にあるとき方。
『数学の誕生』によれば
         x+y=6;30,   xy=7;30,
    テキストにいう:
         “長さと幅を半分にして加えると 3;15, ”
         “それを平方すると 10;33,45 ”
         “10;33,45 から 7;30, をひくと 3;3,45 ”
         “それの平方根は 1;45,である”
         “それを一方に加えよ 3;15,+1;45, ”
         “それを一方から引け 3;15,−1;45, ”
         “すると長さと幅を得る x=5  y=1+1 / 2=1;30, ”
   これをいま少し詳しく計算すると
@ 6;30 ÷ 2=3;15=3 + 15/60
    A (3 + 15/60)²=9 + 2 × 3 × 15/60 + 15 × 15/60 × 60
=9 + 15/10 +(60 × 5 + 45)/60 × 60
=9 + 1 + 5/10 + 3/60 + 45/60²
=10 + 30/60 + 3/60 + 45/60²=10;33,45
    B 10;33,4 − 7;30=3;3 ,45=11025/60²
    C √11035/60²=105/60²=1;45
    D 3;15 + 1;45=4;60=5
    E 3;15 − 1;45=2;75 − 1;45=1;30
  
『算法新書』巻二 60丁ウ の「帯縦開平」の問題
   直積三百五十七歩有 長平(縦横)和三十八寸 長及平何程と問
     答 長二十一寸 平十七寸
    術曰 和三十八寸を半して十九寸天とす 是を懸合三百六十一歩を得
       内積三百五十七歩を引残四歩を平方に開き二寸天を加へ長を得
       以て和の内より引平とす
 
  『算法新書』の問題   面積:357  辺の差:38
解 法
  @ (長さ + 幅)を半分にする。      38÷2=19(天)
    A @を自乗する。             19²=361
     B A − 面積               361−357=4           
    C Bを開く                √4=2
    D @ + C                19+2=21
    E (長さ + 幅)− D = @ − C  38−21=17      
 
 古代中国でも、数学書『九章算術』(1世紀?)の第一章は「方田」で。耕地面積を扱っている。したがって、乗・除算と同時に「開平」の計算が行われているのである。
 「帯縦開平」としては『田畝比類乗除捷法』巻下(楊輝著・1275)『算法統宗』巻六(程大位・1592)に見えるが、どちらも同じ数を使っているので後者は前者を参考にしたものであろう。

 しかし、『算法新書』の解き方は、『田畝比類乗除捷法』『算法統宗』とは異なっている。
 ともあれ、それがバビロニア数学と同じ解法であることに不思議を感じる。
 どのようにして考えついたのであろうか。
 『幾何学的代数』で解くと必然的にこのようになるのであろうか。



2. わり算を足し算で

 私が小学生のころ、塾の先輩が関西大倉中学校へ入学して珠算部に所属した人がいた。
 その頃の「カンクラ」は中学・高校ともに、珠算の覇者として全国的に知れわたっていた。指導者は「鬼のシオミ」ともいわれた塩見利夫先生だったのです。
 ある時、彼は「塩見先生らが、足し算でする割算を発明?して計算している」という話を聞いた。それが不思議に今でも耳に残っているのである。

 ここに、足し算でする割算を記してみることにする。

(1)帰一除法(加除法、直加除法、補数除法、増成一法、益除、歉除法)
  例   4,584,511÷97=47,263
          100−97=3……省法
          4584511
          +12(3×4)
          4704511
           +21(3×7)
          4725511
            +06(3×2)
          4726111
             +18(3×3)
          4726291
              +09
          4726300÷100(位取り)=47,263
 
(2)拡大帰一除法(帰一除法を拡大した計算)

  例  250,399,374÷47,263=5,298
      100,000−47,263=52,737…(省法)
         250399374 
        +25
         +10
          +35
           +15
            +35
         514084374
         +10
          +04
           +14
            +06
             +14
         524631774
          +45
           +18
            +63
             +27
              +63
         529378104                               
            +40                                  
             +16
              +56
               +24
                +56
          529800000÷100000(位取り)=5,298

◎ この方法を、「ネイピア・ボーン」による割り算に利用すれば、足し算のみで計算できる。(『計算機歴史物語』内山昭著・岩波新書・1983.6.20・P.89・別稿にて)  

 今にして思えば、「帰一除法」も考えられないこともないが、多分「過大商除法」のことであろう。

(3)過大商除法

  例  250,399,374÷5,298=47,263
         250399374
         5
         −25
          −10
           −45
            −40
         4985499374
         −2
          +10
           +04
            +18
             +16
         4796095374
           −7
            +35
             +14
              +63
               +56
         4729803974
           −3
            +15
             +06
              +27
               +24
         4726962914
            −7
             +35
              +14
               +63
                +56
         4726300000÷100000=47,263  

 基本運指では引き算は足し算に比べて、食指を使うことが多いので、割算に過大数を採り入れることにより減法が加法になるので、指の負担を軽減させる。しかし、過大数には必然的に「商の借り換え」がともなうのが難点である。

 最近では、大方が検定試験合格を第一の目標としているので、「過大数」は強いて使う必要がないのであるが、珠算本来の技術として特別算法を大切に伝承すべきと考える。

 過大数計算は、四則計算はもちろん「簡便算」「裏面数計算」「開平・開立法」など全ての算法に利用できるが、一番利用価値が高いのは「十三商割競算」であろう。減算の指使いの練習とともに、前述の「商の借り換え」の練習にも最適である。

 過大数計算は珠算のみの最高技術として、これを自由に扱えることこそ、珠算の醍醐味である。



3. 余数(補数)乗法

   例1  8×6=(10−2)×(10−4)=48
      *ソロバンでは、この2と4を補数といって、8の補数は2、6の補数は4
       であるといいます。
   計算方法 (8―4)×10+2×4=48
           ↑(相手数の補数)↓ 
             または、 (6−2)×10+2×4=48 
例2. 7×6=(10−3)×(10−4)=42  
    計算方法  (7+6)×10+3×4−100=42
    
例3. 9×3=(10−1)×(10−7)=27
    計算方法  (9+3)×10+1×7−100=27
   
例4. 4×2=(10−6)×(10−8)=8
    計算方法  (4+2)×10+6×8−100=8 



4.指でするかけ算

  前の3.を延長したのが、よくいわれる指算で、6,7,8,9の段どうしのかけ算である。最近までヨーロッパ(フランス・ルーマニアの農民、モルドヴァ・セルビアのジプシー・イランのクルド人などのあいだ)で使われていたらしい。

     8×6=48
    計算の手順 @5の段までの九九は覚えさせる。
          
          A左手の指で、親指から小指に向かって1,2,3,4、5とおりまげて、6,7,8と起こす。(3本起きている)
          B右手の指で、親指から小指に向かって1,2,3,4,5とおりまげて、6と起こす。(1本起きている)
          C左右の起きている指は、1本を10と数える。(4本で40)
          D左右の曲げた指どうしかけ合わせる。(2×4=8)
          ECの数とDの数とを加えて、積とする。(40+8=48)
   
*10を超えた数どうしのやり方もあるが、ここでは省きます。
*数理は「余数乗法」と同じである。



5.インドの掛け算( 十位が1のとき・両首一法 )

   テレビで、インドの人が19までの数の掛算について、つぎのように説明していた。
  例 1. 17×13=221 
          17
       ×  13
         200
    21
        221                    
     (17+3)×10+7×3=221

  例 2. 18×16=288 
          18
 ×  16
    240     
          48      
   288     
 (18+6)×10+8×6=288   

 これを、余数乗法と同じように、つぎのようにするとよい。
  例 1. 17×13=(17+13)×10+7×3−100=221
  例 2. 18×16=(18+16)×10+8×6=100=288



6. 1に近い数どうしの計算(近一乗・除法)

 @ 1に近い数どうしの掛算
   * 計算方法:2つの数をたして1を引く
    1.03×1.02=1.03+1.02―1=1.05(1.0506)
    1.04×0.98=1.04+0.98―1=1.02(1.0192)
    0.98×0.97=0.98+0.97―1=0.95(0.9506) 

 A 1に近い数どうしの割算
   * 計算方法:1をたして割る数を引く
    1.03÷1.02=1.03+1−1.02≒1.01(1.0098…)
    1.02÷1.03=1.02+1−1.03≒0.99(0.9902…)
    1.04÷0.98=1.04+1−0.98≒1.06(1.0612…)
    0.98÷1.02=0.98+1−1.02≒0.96(0.9607…)
    0.98÷0.96=0.98+1−0.96≒1.02(1.0208…)
    0.96÷0.98=0・96+1−0.98≒0.98(0.9795…)  



7.「九九」を使用しないわり算(増成一法)

  中国では、ソロバンが発生するまで「籌(ちゅう)」とよばれる「算木」で計算が行われていたが、しかし、けっこう手間がかかるので、いろいろな工夫をいろいろな方法が 考えられながら発達した。
@ 発達の一つの段階として「増成一法」といって、つぎのような方法がおこなわれて  いたが、特徴は加減のみで全く「九九」を使わないでする除法である。

  例  3456÷8=432
   *3   4   5   6   8で割る(*は途中のソロバン面である)   
       +2           8と10との差=2(補数という)
       +2           @首位の3を仮の答として、つぎの位に補数
       +2            の2を3回たす
   *3  10   5   6
       −8           A10から除数の8を引く
   +1               B8が1回引けたので、上の位に1をたす  
   *4   2   5   6   C4は確定する
           +2       Dつぎの2を仮の答として、つぎの位に補数
           +2        の2を2回たす 
   *4   2   9   6   
           −8       E9から除数の8を引く
       +1           F8が1回引けたので、上の位に1をたす
   *4   3   1   6   G4と3が確定する 
                    Hつぎの1を仮の答として、つぎの位に補数
               +2    2を1回たす
   *4   3   1   8
               −8   I8から除数の8を引いて上の位に1をたす
   *4   3   2        答は 432 である 

                        ・  ・  ・  ・
  この計算はソロバンでは、定位点にあわせて  3・・4・・5・・6 と布数して 
 計算すれば簡単にできる。
  この計算が発展して、「割り声(割り算の九九)」がうまれた。なお、中国では、なるべく考えずに答を算出する工夫をした。
 
A 「省一除法」への利用 
 2けたの「増成一法」もできないことはないが、やはり複雑である。
「省一除法」に利用すると、普通の簡便算より商が楽に按出できるので
 例  3553÷19=187
    イ   ロ   ハ   二
   *3   5   5   3   (*は途中のソロバン面である)   
                    @イを仮商として、3×9=27引けない
  −1 +10           Aイから1を引いて、ロに10を加える
   −1 +10            Aをくり返す
   *1  25   5   3   
       −9           Bロから、1×9=9を引く
   *1  16   5   3   *イの1が確定する
       −6 +60       Cロから6を引いて、ハに60を加える
       −1 +10       Dロから1を引いて、ハに10を加える
       −1 +10        Dをくり返す
   *1   8  85   3
          −72       Eハから、8×9=72を引く
   *1   8  13   3   *イとロが確定する
           −3 +30   Fハから3を引いて、ニに30を加える
           −1 +10   Gハから1を引いて、ニに10を加える
           −1 +10    Gをくり返す
           −1 +10    Gをくり返す
   *1   8   7  63    
              −63   H二から、7×9=63を引く
   *1   8   7        答は 187 である 


8.百五減算をつくる


 ご存知【百五減算】に挑戦します。

 ある人に年齢をたずねると、「私の年は、3で割ると2が余り、5で割ると3が余り、7で割ると4が余ります」という答えが返ってきました。この人の年齢はいくつですか?
 = 解式 =
 3で割った余りをa、5で割った余りをb、7で割った余りをc、として
    70a+21b+15c−105n(105を引けるだけ引く)
にあてはめると、
 70×2+21×3+15×4−105n=140+63+60−105×2=53
   答は  53歳 です

 このように、3,5,7で除した剰余を利用して計算して、最後に105を引くところから、このパズルを【百五減(百五間)算】といいます。

 私が初めて【百五減算】という言葉を目にしたのは、約50年以前のことであります。
 父の遺した『日本の数学』(小倉金之助著、岩波新書・昭和15年)の中に【百五減算】という言葉が出ていました。それが何かわからなかったので、何人かの人にたずねてみたのですが、返事は「知らない、わからない」でした。ところが不思議なことに、いつどうしてわかったのか、記憶にないのです。

 【百五減算】は、中国ではすでに三世紀末に存在し、唐代の明算科の教科書として採用されたという。
 『孫子算経』には、「今有物、不知其数、三三と之を数ふるときのあまり二、五五と之を数ふるときのあまり三、七七と之を数ふるときのあまり二なり、問物幾何」とあります。

 『数学セミナー』(昭和47年12月臨時増刊号)によれば、これは「連立一次合同式」として知られ、「数学100の発見」の中にかぞえられていて、D.E.Diksonは,中国生まれなので、Chinese Remainder Theoremと名付けたということであります。
 南宋の秦九韶著『数書九章』(1247)では「大衍(エン)求一術」、『続古摘奇算法』(楊輝著、1275)では「翦(セン)官術」とよばれ、他に「隔牆(カクショウ)算」「秦王暗点兵」「鬼谷算」などともよばれたそうです。

 これが日本に伝わって、碁石でやる遊戯として『二中歴』『見聞雑記』『異制庭訓往来』そして、『塵劫記』『勘者御伽双紙』へと命脈を保ってきたのであります。《東西数学物語・平山諦著》

 【百五減算】のほかに、『勘者御伽双紙』(中根法舳著、寛保三・1743年)には、
315減 (5:a,7:b,9:c,  126a+225b+280c−315 n) と、
63減 (7:a,9:b,       36a+28b−63n) が掲げられており、

 『計算の研究』(中埜道晃著、昭和5年) では、
231減(3:a,7:b,11:c,    154a+99b+210c−231n)
627減(3:a,11:b,19c,   418a+342b+495c−627n)
935減(5:a,11:b,17:c,  561a+595b+715c−935n)
1729減 (7:a,13:b,19:c, 988a+1197b+1274c−1729n) が

 『楽しい数学パズル』(浦田繁松著、昭和52年) には、
60減(3:a,4:b,5:c,   40a+45b+36c−60n)が出ています。

 私も、問題●を作問に挑戦してみました。
 先ず、割る数を、13と17と19で「四千百九十九減算」を作ってみました。

  4199減(13:a,17:b,19:c, 1938 a +494 b +1768 c −4199 n)
例 ある数を、13でわった余りが10,17で割った余りが8,19で割った余りが17 のときのある数を求めなさい。
  1938×10+494×8+1768×17−4199 n=19380+3952+30056−4199 n
=53388−4199×12=53388−50388=3000  答 3000

 しかし、このような、数学遊戯では計算の数が大きすぎて、ソロバンや電卓を使うようでは、興味が半減してしまいます。
ソロバンによる計算と電卓との違いはいくつかあるのですが、その中でも計算結果として、『余り』が直接出せるか・出せないかにあります。
 最近の生徒の中に「あまり」の出し方がわからない子がいたりして驚くことがあります。
そこで、ソロバンができないしでも楽に余り出て、出題者も計算が簡単な【百五減算】問題を作成してみました。

        = 除数 =           = 計算式 =
(1)15減(3:a,5:b,        10a+6b−15n)
(2)21減(3:a,7:b,        7a+15b−21n)
(3)22減(2:a,11b,        11a+12b−22n)
(4)30減(2:a,3:b,5:c,    15a+10b+6c−30n)
(5)33減(3:a,11:b,       22a+12b−33n)
(6)35減(5:a,7:b,        21a+15b−35n)
(7)45減(5:a,9:b,        36a+10b−45n)
(8)55減(5:a,11:b,       11a+45b−55n)
(9)77減(7:a,11:b,       22a+56b−77n)
(10)90減(2:a,5:b,9:c,    45a+36b+10c−90n)
(11)99減 (9:a,11:b,       55a+45b−99n)
(12)143減(11:a,13:b,     78a+66b−143n)
(13)385減(5:a,7:b,11:c,   231a+330b+210c−385n)
(14)504減(7:a,8:b,9:c,    288a+441b+280c−504n)
 
 相手に覚えさせる数の限度については、『勘者御伽双紙』に、「何れも減数を限りとするがよし」とあります。したがって、三十減の場合は1〜30(除数の2,3,5の最小公倍数)までの数、九十九減では1〜99の数であります。

 いずれにしても、1800年以前に、おそらく理論的に考えたのではなくて、偶然見つけたのかも知れませんが、当時の人々にとって大発見であったと思います
 その後【百五減算】は、わが国に伝わって多くの数学愛好者を楽しませてくれたのです。
 このように「数学遊戯」などを通して、今のこどもたちにも、数の不思議さと、面白さを知って、数に興味をもち「数学好き」となるきっかけになってほしいと思います。



9.検算について

 「二算は、三算なり」という言葉がある。
  一度目と二度目の答が違えば、三度目の計算を必要とする。
  計算は合理的・能率な的観点からみて、答の算出は一算が望ましい。しかし、実務的には時として検算も必要である。

 (1)検算の方法
  A.正答算出法
    イ.再算法 ロ.順序転換法 ハ.算法交換法(算法変更法) 二.問題変化法
  B.正誤判別法
    イ.概算法 ロ.逆算法 ハ.剰余利用法

 (2)剰余利用法
    ここでは、Bのハ「剰余」を利用した方法について述べる。
 ソロバンと電卓の違いはいくつかあるが、計算終了時に直接「余り」が求められるかどうかもその一つであり、実用計算としては大切なことである。
 不十進諸等数の計算などは、余りが出なければ、かえって複雑で計算に時間がかかるのである。そこで、「余り」の利用法についていろいろな観点から考えてみたい。
  A.九去法
    剰余として、一番知られているのが、九去法であるので、一応利用法を記しておきたい。
* 九去数(単一数とか、根ともいう)の求め方
例 13,578÷9=1,508…6 で九去数は 6 である。
  九去の場合は、各位格の数を 足せば求められる。
  1+3+5+7+8=24  2+4=6 となる。
    *加減算の場合
      例 9,876−4,321+2,135=7,690(7+6+9=2+2=4)
    九去数   3  −  1  +  2  =  4  

    *乗 算の場合
      例 263×457=120,191(1+2+1+9+1=1+4=5)
    九去数  2 × 7 =14=1+4=5
    *除 算の場合
      例 142,378÷481=296 … 2
    九去数    7  =  4 × 8 + 2
  
B.「九去法」の歴 史
   カジョリの『初等数学氏』(小倉金之助補註)によれば、「九去法は3世紀に、ローマの司教ヒッポリュトス(Hippolytos)に知られていた」という。
   「験算法は、インドの土盤算法中、数字が随時消されることから、計算結果の正確か否かを検証しようとつくられたものだ」(中国数学史)「インド人の発明ではないが、インド人にはわれわれ以上に役立った」とも。
  =西 欧=
   『実用算術概論』(1585・クラビウス・Ciavius)
  =中 国=
   『同文算指』(1614・利瑪竇口述・李之藻記録)「九除」「七除」
   『暦算全書』(1718・梅文鼎著)「同文算指から引用した」「試法九減・七減」
  =日 本= 
『勘者御伽双紙』(1743・中根法舳著)「合否を知る術の事」
『算法童子問評林』(1798・会田安明著)「御伽双紙の九去法を邪術」
『方円秘見集』(1667・多賀屋清兵衛)
勘定に十の心得の事「割候さんは掛、懸候さんは割り候て元に成か合違ひ知事」
   『算法玉手箱』(1879・福田理軒著)
  
C.n去法
    除数は何を使ってもよいのであるが、条件としては、
@ 剰余の案出が簡単である事、
A 剰余での処理が簡単である事、
B 正否の判別がしやすいことである。  
    そこでいくつかの剰余の求め方をを考えてみたい。
   イ、十一去法
     例   142884
        −11
         −22
          −99
           −88
            −99
              5(十一去数)
   ロ.九十九去法
     例 142884 末尾から2けたずつ足す
       ・・  ・・ 84+28+14=126=26+1=27(九十九去数)     
   ハ.百一去法
     例   142884
        −101
         −404
          −101
           −404
             70(百一去数)
    ニ.九百九十九去法
      例 142884 末尾から3けたずつ足す
・・・ 884+142=1026
=026+1=27(九百九十九去)
    ホ.千一去法
      例   142884
         −1001
          −4004
           −2002
             742(千一去数)
    へ.八十九去法
      例 142884 ÷89を(100−11の)帰一除法で計算する。
        ・
    +11(1×11)
        153884
         ・
         +66(6を予測して・6×11)
        160484
           ・
           +55(5を予測して・5×11)
        1605BH  39が余るので、39(八十九去数) 

ト.九十七去法 
      例 142884÷97を(100−3の)帰一除法で計算する。
        ・
        +03(1×3)
        145884
         ・ 
         +12(4×3)
        147084
          ・
          +21(7×3)
        147294
           ・
           +09(3を予測して・3×3)
        14730B  3が余るので、3が(九十七去数)

    
   ◎ 条件から考えると、九去法か九十九去がであろう。九百九十九去法などを試してみるのもおもしろい。
        


posted by そろまんが at 14:10| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
最近このサイトを発見し、楽しませていただきました。

ところで、

5.インドの掛け算( 十位が1のとき・両首一法 )

 例 2. 18×16=288 
の部分で、16となるはずの部分が13と、6となるはずの部分が3となっているところがあります。

つまらないコメントですが、せっかくの素晴らしいサイトなので、失礼を顧みず、コメントさせていただきます。
Posted by 坂本嘉輝 at 2011年10月17日 17:31
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