2010年03月04日

珠算の歴史

 珠算の歴史

T.日本伝来まで
[1]珠算史年表
B.C.2〜3000ごろ  1 メソポタミア地方で「砂ソロバン」が使用された
B.C.  500ごろ  2 エジプト,ギリシァ,ローマなどで「線ソロバン」が使用された
B.C.  300ごろ  3 ローマで「溝ソロバン」が使用された

A.D. 200ごろ  4 「数術記遺」(徐岳撰・甄鸞註)に「珠算」の語がある
700ごろ   5 「第一期 数学伝来」中国から『九九』『算木』『暦』が伝わる
1000ごろ  6 「清明上河図」(北京 故宮博物院所蔵) 
1299 7 「算学啓蒙」(元 朱世傑 著)
1310    8 「乾坤一担図」(上海図書館 蔵)
1371    9 「魁本対相四言雑字」(金陵王氏 勤有書堂 新刊)
1436     10 「新編対相四言」(コロンビア大図書館蔵)
1570までに 11 「第二期 数学伝来」中国から『ソロバン』『割り声』が伝わる
1573     12 「盤珠算法」(内閣文庫 蔵)
1593     13 「算法統宗」(明 程大位 著)

   
[2]解 説


【ソロバンとはなにか】
  西洋では「Abacus」と呼ばれ、「ローマソロバン」や「ロシアソロバン」はよく知られるところである。

(1)「アバカス=ソロバン」の定義
  ソロバンとは、位取り法に基づき、比較的小さな箇物(小石・珠・ボタン・釘・札
など)の算顆によって計算をなすに役立つところの物的構造である。(吉田隆、『記数法の展開・位取法・算盤』)

(2)「アバカス=ソロバン」の分類(長谷九郎、『珠算春秋17』)
  T.ダスト・アバカス(Dust Abacus)《塵ソロバン》
   @.土砂ソロバン   Dust(地面で計算),Brettod Tabel(砂を敷いた盤)
   A.粘土ソロバン   粘土盤で計算
   B.蝋ソロバン    枠のある木製ボードに蜜蝋を固めて計算
  U.ライン・アバカス(Line Abacus)《線ソロバン》
   @.縦線ソロバン   サラミス島の計算盤
   A.横線ソロバン   レコードの記述した計算盤
   B.縦横線ソロバン  算木(日本で算盤=サンバンを用いる)
  V.グルーブ・アバカス(Grooved Abacus)《溝ソロバン》
   @.両頭玉ソロバン   ローマソロバン
   A.古代中国ソロバン  游珠ソロバン
  W.ビーズ・アバカス(Bead Abacus)《孔玉ソロバン》
   @.横軸ソロバン  ロシアソロバン
   A.縦軸ソロバン  東洋ソロバン
    @単一ソロバン
     イ.丸玉長軸ソロバン  中国のソロバン
     ロ.稜玉短軸ソロバン  日本のソロバン
    A上下ソロバン  両側ソロバン 
    B逆さソロバン  パスケ式(デンマーク)
  X.ロッド・アバカス(Rod Abacus)《棒ソロバン》
   @.フリー    算木(中国では算盤:サンバンを用いないで、位によって方向を変える)
   A.固定     龍籌(田中佳政・数学端記)

  もちろん、文明の違いによってソロバンの原型が異なったり、長い間に他の文明の影響を受けて発達したり、この表の中で独自に発達したりして、現在に近づいていったのである。

T.日本に伝来するまで

(1)「砂ソロバン」
  紀元前2〜3000年前ごろ、メソポタミア地方などで、地面に線を引いて、その上に小石を置いて計算をしていた。

(2)「線ソロバン」
  2500年くらい前、エジプト、ギリシァ、ローマなどでは、盤の上に線を引いて、その上に、コインのようなものを置いて計算をしていた。

(3)「溝ソロバン」
  銅版に溝を掘って、玉状のものを(上1個・下4個)はめこんで、持ち運びに便利なソロバンが、ローマで作られた。
  B.C.3世紀ごろから、インド・アラビア数字が普及するA.D.14〜5世紀ごろまで使用されていた。現存するローマ・ソロバンは5,6箇所にあるらしいが、確実に見られるのは、フランス・パリ の国立図書館(2F)である。

(4)『数術記遺』に「珠算」という語がでている。
  @『数術記遺』(スウジュツキイ)
    漢末(2世紀ごろ)の徐岳が撰し、北周の甄鸞(ケンラン・シンラン)が註釈を加えたという。
  A この書には、「積算(積等)、太乙(太一)、両儀、三才、五行、八卦、九宮、運算、了知、成数、把頭、亀算、珠算、計数(計算)」の十四の計算方法があげられ、その十三番目に「珠算」が説明されている。
    「珠算控帯四時経緯三才」とあって、それに「刻版(板)三分其上下二分以停游珠中間一分以定算位位各五珠上一珠與下四珠色別其上別色之珠当《五が欠落?》其下四珠珠各当一至下四珠所領故云控帯四時其珠游於三方之中故云経緯三也」と甄鸞が註釈をつけている。
  B この註釈から想像すると、「天一・地四(五珠1顆・一珠4顆)で、一桁に0〜9まで布数できるソロバン」であって使っていない珠を「游珠」といっていることから、このソロバンを通称『游珠算盤』(ユウシュ・ソロバン)ともいわれている。

 (5)【 数学の伝来 】
  日本に数学が伝来したのは、大きくは三回あった。

   第一期は、奈良時代前後で、中国から「九九」「算木」「暦」などが伝来した。

   第二期は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけて、やはり中国から「ソロバン」とその計算のための「割り声」が伝わった。

   第三期は、学制頒布(明治5・1872)以後で、ヨーロッパから「インド・アラビア数字」と共に「西洋数学」が輸入された。
 
◎[ 第一期 数学伝来 ]「九九」「算木」「暦」が伝わる。

 ≪ 九 九 ≫
  @ 三千年以上前にはあったと思われる。敦煌・居延・楼蘭などの遺跡から出土。敦煌の『九九の表』は、木を削った薄い札(木簡)に書かれている。
  A 初期のころは、中国でも日本でも『九九表』は『九九八十 一』から始まっているので、この歌訣を「九九」といった。
    したがって、「九九」といえば、掛算の九九のみを指すのである。これは、「当時計算を行うのは特権階級であって、九九を一般人に知らせないために、わざとむつかしい方から、唱えさせたらしい。」(大矢真一・和算以前)
  B 「九九」が日本に伝わると、当時の知識人の間で拡がったことが、『万葉集』の歌でみられる。凡そ4,500首のうち17首に戯訓として読み込まれている。
   十六:しし(5首)、八十一:くく(5首)、十五:もち(2首)、二二:し(2首)、
   重二:し(1首)、三五:もち(1首)、二五:とお(1首)の17首。
    ただし、東歌や防人の歌にはみられないということから、九九伝来の時期が想像できる。

  ≪ 算 木 ≫
@  中国では、「策・竹策・籌(チュウ)・籌策」や、後述の 「魁本対相四言雑字」では「算子」とある。竹または木の棒状の片を、布や紙で作った「算盤(サンバン)」上に並べて数を表し、配列を動かして四則・開平・開立などの計算を行った。
  A 日本では普通「算木」とよばれた。現存する「最古の算木」は、奈良の東大寺二月堂にあって、毎年三月営まれる修二会(シュニエ:お水取り)に全国から寄せられた浄財の分配の計算に使ったという。 

  ≪ 暦 ≫
 @ 日本で施行された暦
  〔 暦   法 〕  ( 作 者 ) (中  国) ( 日 本 での施行年 ) (使用期間)
   元 嘉 暦:ゲンカ      何承天  445年  692年・持統天皇6   5年 
   儀鳳暦:ギホウ(麟徳暦) 李淳風  665年  697年・文武天皇1   67年
 大 衍 暦:ダイエン     僧一行  729年  764年・天平宝字8     94年  
   五 紀 暦:ゴキ       郭献之  762年  858年・天安2        4年    
   宣 明 暦:センミョウ   徐 ミ  822年  862年・貞観4      823年
   貞 享 暦:ジョウキョウ 渋川(保井)春海  1685年・貞享2       70年
   宝 暦 暦:ホウレキ   安倍泰邦ほか    1755年・宝暦5      43年
   寛 政 暦:カンセイ   高橋至時ほか    1798年・寛政10      46年
   天 保 暦:テンポウ   渋川景佑ほか    1844年・弘化1       29年
   太 陽 暦:タイヨウ            1873年・明治6
◎旧暦の明治5年12月3日を新暦の明治6年1月1日とした。  

  A「太 陽 暦」(Solar Calendar)
    太陽が、春分点から次に春分点に戻るまでの時間を、一太陽   年として標準にとった暦を「太陽暦」という。
    一太陽年は、365.2422(365日5時間48分46秒)平均太陽日である。
    現行の暦は、グレゴリオ暦という太陽暦である。
365日を一年とし、一太陽年の端数を補正するために、4年ごとに閏年(うるう・Leap year)をおき、その年を366日とする。
    さらに、西暦紀元の年号が4で割り切れる年はうるう年であるが、400で割り切れない年はうるう年としないで平年とする。 
    百年目には0.78日、四百年では3.12日の差が出るので、1582年ローマ法王グレゴリオ十三世は、置閏法を改正して、四百年に3回閏年を省いた。


(6)「清明上河図」(北京 故宮博物院 蔵)にソロバンらしき物が描かれている。
  @ 「清明上河図」(セイメイ ジョウガズ)
    張択端の作。縦25.5p 横幅5.25m の絹本に着色された絵巻物で、登場人物は770名にのぼり、女性は少なく、大多数は男性である。20艘余りの船舶、各種の車両、牛、馬、駱駝などの動物、街路、屋敷、店舗などを、迫真的に描いた力作である。
    製作時期は、おそらく、北宋の最晩期・徽宗皇帝の治世(1100〜1125)の頃と目される。(週刊 朝日百科《世界の歴史4   4》)
  A 清明節(二十四節気の一つ、春分後15日目、太陽暦の4月5日頃)で賑わう北宋(960〜1127)の首都卞京(ベンケイ・開封)の風物を描いており、店舗の一つの薬局のカウンターに、ソロバンらしき物が見える。 
    そのソロバンらしい物は、枠と珠はわかるのだが、梁に相当するものが見当たらないことから、これは、銭板子(木の板で作られて、溝が並べてある硬貨を臨時に集め入れる貯銭の板)ではないかとの疑問もないではなかったが、殷長生先生(中国珠算協会副会長)は故余介教授と同様『算盤』と判定された。   (鈴木久男)
  B これは、北京の「故宮博物院」に所蔵されている。日本の敗戦後、国外逃亡を企てたラストエンペラー・宣統帝溥儀(フギ)は身柄を拘束された時、この図巻だけを肌身につけていたという。戦後新しく紹介されたおびただしい数の中国絵画の中で、芸術性、資料性から言って、本図を最高とする評価は今でも変わっていない。(毎日新聞・1996.5.19)
  C 台湾の故宮博物院にも、清院本の清明上河図がある。1736年勅を受けて5人の画家が合作したもので、ソロバンが描かれている位置は異なる。店は両替屋らしい。なお、台湾の絵の「陶板画」が、「京都府立陶板名画の庭」(京都市左京区下鴨半木町)に展示されている。(西川正昭氏の情報)

 (7)「算学啓蒙」(サンガクケイモウ)
  @ 1299年刊、元の朱世傑の著。
   全三巻・二十門、259の問題を収めている。 
   全門に詩歌による説明がある。完成に近い「九帰歌訣」があり、詩歌に撞帰還原の説明などがあって、斤下留法も完備されている。「帰除法」を正術でないとしながら、商除法は開方以外に説明していない。和算に至大の影響を与えた書である。(珠算算法の歴史より)
  A 久田玄哲が、明暦のころ(1655〜1657)京都 洛東 臨済宗の総本山「東福寺」で発見した。
    久田玄哲がある日、東福寺に参詣した時、たまたま、仏書の虫干しの日であって、仏書に交じって『算学啓蒙』のあることを知り、金銭を贈り、譲り受けた。
    天元術は、最後の『開方釈鎖門・34問中27問』で解いてい る。(桑原秀夫・我国における天元術の開発とその普及について)
  B 『算学啓蒙』は、江戸時代の和算にとって最も影響を与えた書物である。17世紀のころ、それに句読や送り仮名をつけた訓本が刊行せられたが、少し遅れて建部賢弘(関孝和の高弟)は『算学啓蒙諺解大全』全六巻を著した。諺解(ゲンカイ)とは日本語による解説を意味する。この書は、算学啓蒙の注釈書として最も優れた書物であった。(中橋貞造・日本珠算思想史要論)       

 (8)「乾坤一担図」(ケンコンイッタンズ・上海図書館 蔵)にソロバンがみえる。
  元(1271~1368)の王振鵬が1310年に描いた。貨郎(小間物売り)が商品を前後に担っていて、後ろの荷の上にソロバンがみえる。    梁・桁・珠がはっきりしていて現代の中国算盤と同じである。

 (9)「魁本対相四言雑字」(カイホン タイソウ シゲン ザツジ)にソロバン図(五珠2・一珠5・10桁)がある。
  @ 1371年の原著、陳伯寿復刻の安田文庫本は、関東大震災で消失したが、稀書複製会覆刻本(1920.7.28・米山堂発行)を、下平和夫氏が入手(1970)。1984年7月に復刻された。
  A 全巻十葉(20ページ)からなっており、一字のもの224文字 224図、二字のもの84語84図、毎ページ4行で右に文字があり、左に図絵がある。
    鈴木久男氏によれば、この本の図解によって、中国の文字の意味を、活字工に知らしめたということである。子供に文字を覚えさせるための絵本に利用したのかも知れない。

 (10)「新編 対相四言」(1436年・コロンビア大図書館 蔵)にもソロバン図(五珠2・一珠5・9桁)がある。「魁本対相四言雑字」を模 写して作成したものと思われる。
  中国では、現存する最古のソロバン図は、この「新編 対相四言」といわれていた。

 (11)[ 第二期 数学伝来 ]「ソロバン」「割り声」が伝わる。

 ≪ 割り声 ≫
 @ 割り声は、中国の『算法統宗』などでは、「九帰歌」といわれた。
   わが国最初の刊本数学書といわれる『割算書』(1622・毛利重能)には「八算之次第」として述べられている。
   つぎに、伝来以来伝承されてきた原型といわれる「割り声」を掲げる。(唱え方は、地方や時代によって多少異なる。)

  (二)
  二一天作五(ニイチ テンサクノゴ)、二進一十(ニッチン インジュ)、四進二十、六進三十、八進四十

  (三)
  三一三十一(サンイチ サンジュウノイチ)、三二六十二(サニロクジュウノニ)、三進一十(サッチン インジ ュ)、六進二十、九進三十

  (四)
  四一二十二(シイチ ニジュウノニ)、四二天作五(シニテンサクノゴ)、四三七十二(シサンシチ ジュウノニ )、四進一十(シッチンインジュ)、八進二十

  (五)
  五一加一(ゴイチ カイチ)、五二加二、五三加三、五四加四、五進一十

  (六)
  六一加下四(ロクイチ カカシ)、六二三十二、六三天作五、六四六十四、六五八十二、六進一十

  (七)  
  七一加下三(シチイチ カカサン)、七二加下六、七三四十二、七四五十五、七五七十一、七六八十 四,七進一 十

  (八)
  八一加下二(ハチイチ カカニ)、八二加下四、八三加下六、八四天作五、八六七十四、八七八十六、八進一十

  (九)
  九一加下一(クイチ カカイチ)、九ニ加下二、九三加下三、九四加下四、九五加下五、九六加下六、九七加 下七、九八加下八、九進一十(クッチン インジュ)

 (12)「盤珠算法」(バンシュ サンポウ・1573年・内閣文庫 蔵)
  《鈴木久男、中国の珠算・算盤発展史より》
 @ 正しくは「新刻訂正家伝秘訣盤珠算法士民利用」で、徐氏心魯訂正、熊氏台南刊行。
   藤原松三郎博士によって紹介された。(1940・支那数学史ノ研究、東北数学雑誌)
 A 表紙裏に「算法統宗の師生問難図」「算法便覧の算法門図」   「算法統宗大全の盤珠式図」のようなソロバンを手にした人の図がある。
 B 本文の上部にソロバン図(天一・地五)がのせられている、これは算書として最古のソロバン図である。
   隷首上訣として、上法、退法を説明しており、塵劫記のごとく123456789の数字をおいている。加減乗除などにおける運珠法の説明は詳細である。乗法は法先呼によっている。
 C 指明歌訣などとあるが、夏源沢の指明算法(1439・現存しない)を引用したものかもしれない。
 
 (13)「算法統宗」(サンポウ トウソウ)が著された。
  明の程大位の著になるもので、明末の代表的算書である。
  程大位は、字を汝思、賓渠と号した。新安の人である。
  「首編」をのぞき十七巻592問を収めており、先に「直指算法統 宗」を、後に「新編直指算法統宗」を、更にその簡略版として「新編直指算法纂要四巻108問」を編集した。 
   序文は1592年であるが、実際の刊年は1593年であろう。この書を著した時は六十歳以上であったという。この書に独創性は見られないが、その編集は巧みである。
   1716年の程光紳の序文によれば、風行海内、坊間刻本、無慮数十とあるから、日本の塵劫記ほどではあるまいが、当時の算学書のベストセラーであったに違いない。
   江戸時代を通じ和算に非常な影響を与えたといわれる書であ り、塵劫記寛永八年版(1631)にも程大位の書によったことが記されている。
   延宝四年(1676)には、湯浅得之が訓点本を刊行している。19世紀の書にも(たとえば算学稽古大全や算法新書など)その算盤図と説明が算法統宗のごとくに記されている。(鈴木久男・図説中国の珠算・算盤発展史)


 U.日本へ伝来のころ

 [3] 珠算史年表(その2)
   1573まで  14 「日本風土記」に『算盤・所大盤・そろ(お)はん』と記載
   1585 15 「日欧文化比較」(ルイス・フロイス)に『Jina』と記載
   1592    16 「前田利家が使用のソロバン」(前田尊経閣 蔵)がある
   1595    17 「ラ・ポ・日 対約辞典」に『Soroban』の訳語がある
   1600ごろ  18 「南蛮屏風」(ポルトガル美術館 蔵))
   1607    19 「駿府城・築城図屏風」(名古屋市博物館 蔵)
   1610    20 「職人尽絵」(狩野吉信 作・川越 喜多院 蔵)
   1610    21 「たはらかさね絵巻」(東京大学史料編纂所 蔵)
   

  

[4] 解 説(その2)

  A.日本への伝来時期について
ソロバンがいつ日本に伝来したかは、鉄砲の伝来(1543.8.25 火縄銃が種子島に)のように明確な年期はわっかっていない。

  研究者の説をいくつか挙げてみることにする。
 @ 高井計之助『算盤雑話・S..6.10.5)』
凡そ三百六・七十年前、即ち元亀・天正の頃ではないかと存じます。其の頃に、明の商人の手に依って、最初は泉州堺辺りへ、其の後肥前の長崎辺りへ伝来したのではなかろうかとぞ存じます。
 
 A 山崎與右衛門『長崎算盤覚書』
 中国では、『九章詳註比類算法大全(1450)』「算盤をつかわずにできる写算(筆算のこと)…」。『古今算学宝鑑(1524)』どちらにも「ソロバンによる加減口訣」を掲載している。
 つまり、中国では、15〜16世紀初期には計算用具として頻りに使用されていた。
 従って、高井先生の説よりも、30〜40年早く、16世紀の前半の頃ではないかと思う。
 
 B大矢真一『和算以前・塵劫記(岩波文庫)』
 ソロバンがいつ伝わったかは、今のところわからないというより仕方がない。
 豊臣秀吉の朝鮮の役のとき、すなわち文禄という時代になると、
*実物が残っており、*絵画もあり、*辞書にはソロバンという語が出てくる。
にもかかわらず、それ以前にはソロバンという語は全く記録されていないといってもいいようである。
 しかし、いろいろの事情からみて、この時期にソロバンが伝来したとするのは、時期が遅すぎる。
 ソロバンとその計算法が、貿易のため中国に赴いた商人の手によって、わが国に齎されたということは信用してよいだろう。

 C 長谷九郎『月刊珠算界 138(S 19.1)』
 十五世紀の初頭、室町時代(1338〜1573)の初期、勘合貿易の開始とほとんど同時に輸入されたものである。
 
 D 山路 實『定説によらない珠算史の一考察』
 十露盤伝来の時期は、おそらく十五世紀以前であり、その伝来地は摂津国堺であると推測する。

 E 鈴木久男『珠算の歴史、図説 中国の珠算・算盤発展史』
 推定を加えれば、ソロバンの渡来の時期は、永禄(1558〜1569)年中、室町時代の末期とみてよい。
 1570年代の日本に算盤が伝わっていたこと、それがソロバンと呼ばれていたことを窺い知れる。


  B. 史 料
 @ (14)「日本風土記」(1580)「日本考」(1592)
 13〜16世紀、中国沿岸を跳梁した倭寇の対策として、日本の状態を知る必要から,1573年頃までの「日本の、地理・歴史・風俗・いろは・歌謡・語音・文辞・詩・歌・将棋・囲碁など」を記した、『全浙兵制考』(1592年・侯継高著・朝鮮の役に関する資料)を作成した。その付録に、『日本風土記』(1573〜1580)があり、それを改題して『日本考』(1592〜1593)となった。
 巻の四 「器用の項」(最後のところに) 《所大盤  そおはん》=《所六盤 そろはん》 
○名古屋の早川武氏が見つけて、「珠算春秋」30号で発表。
◎渡辺三男著「訳註 日本考」によれば、所大盤の「大」は「火?」とあるが、火ということはありえないと思う。

 A  (15)「日欧文化比較」(1585、ルイス・フロイス著)に、『Jina』がでている。
 @.大航海時代叢書]T岩波書店(1965)「日欧文化比較」によると、
『われわれの間では、計算は鵞ペンまたは、数取札(tentos)でおこなう。日本人はジナ(Jina)を使っておこなう。』とある。
 A.ジョアン・ロドリゲス(1561〜1634)「日本大文典」(慶長9=1604・長崎学林・三巻770頁)に、『算盤(Soroban)すなわちジナ(Jina)、計算する道具』とある。
 B.ドアルテ・コレアの「島原一揆報告書」の文中に『Jina』がみえる。

 B (16)「前田利家のソロバン」
 前田利家が、文禄の役(文禄元・1592)に、肥前(佐賀と長崎の一部)名護屋の陣中で使用したといわれているソロバンが、「前田尊経閣」(東京・目黒)に所蔵されている。
*長さ16cm・幅7.6cm・高さ(深さ)1.3cm *桁数 9桁 *枠 黒柿または黒檀
*底板 紫檀 *桁材 銅線 *玉材 獣角または獣骨 *天二顆・地五顆
*枠の縁に、象牙か獣骨で象嵌してある。*玉は不揃いである。
*元禄元(1688)年に「室新介(鳩巣)と小瀬甫庵(太閤記の作者)」が認めた、「由緒書」がある。

 C (17)「辞書」に出ている。 
*『ラ・ポ・日(拉・葡・和)対訳辞典』〔文禄四年(1595)・天草耶蘇学会林版〕
 Abaculus(アバクルス)と Calculus(カリクルス)の項に、Sorobanが出ている。
「計算のために使われる器具。算。ソロバン。」
*『日葡辞書』〔慶長八年(1603)・長崎耶蘇学会林版〕
「珠を針金に刺しとおした小さな板で、支那や日本で計算に使う。」

 D 「絵画の中のソロバン図」

 (18)『南蛮屏風』[1600〜1610・ポルトガル国立ソアレス・ドス・レイス美術館 蔵]
   屏風の左端に、海に面したポルトガルの商館らしい建物の中で、中国人らしい人物がソロバン(天一・地五、12桁、珠は菱形)を弾いている。

(19)『築城図屏風』6曲一双(愛知県指定文化財)[駿府城・1607・名古屋市博物館 蔵]
   「駿府城の築城、加賀の前田家が手伝いの普請をしている場面で、石や木材を運搬する光景などが詳細である。」
   天二・地四、9桁(右)12桁(左)「五珠二つなのに、一珠四つである」のは、画家の省略であろう。(鈴木久男・ピント)

(20)『職人尽絵』24面の屏風図(重要文化財) [1610・狩野吉信・埼玉川越 喜多院 蔵] 
   縫取師のところにあるもので、階上には4人の男女が刺繍をしている。
   階下では、両替屋が中国式の大きいソロバンを弾いている。

(21)『たはらかさね耕作絵巻』[1610・東京大学 史料編纂所 蔵]
   お米の一生ともいえる絵巻物で、最後の部分は、俵につめられた年貢米がお役所の倉に収められるところですが、勘定役の前にソロバンが置いてあり、もう一人の男が記録しています。(珠算史研究)


 V.日本に伝来してから
 [5] 珠算史年表(その3)
    1612    22 「大津」でソロバンが作られた 
   1622  23 『割算書』(毛利重能 著)
   1622    24 『諸勘分物』(百川治兵衛 著)
   1627    25 『塵劫記』(吉田光由 著)
   1645    26 『新編諸算記』(百川忠兵衛 著)「亀井算」生まれる
   1717    27 『数学端記』(田中佳政 著)「龍籌」を製作
   1781    28 『初学算法』(乳井 貢 著)「四つ玉ソロバン」を提唱
   1785    29 『版 籌』【乳井 貢 著】「筆算用・版籌」を製作
   1857 30 「筆算の解説書」発行される。
     『西算速知』(福田理軒 著)『洋算用法』(柳河春三 著)
明治 5年(1872)  31 「学制頒布」
         32 「共興学舎」(校長 井上親亮)開校、≪伊勢百日算≫始まる 
   1928    33 「珠算証明試験」(東京市立実業学校珠算奨励会)始まる
   1931    34 「珠算能力検定試験」(東京商工会議所)に移行
   1940    35 「珠算検定試験」(大阪商工会議所主催)施行
   1940  36 「全大阪珠算協会」設立(社団法人 大阪珠算協会の前身)
   1944    37 「珠算能力検定試験」(全国商工経済会)全国統一
   1946    38 「計算機と競争して勝つ」(アーニー・パイル劇場)
   1956    39 「珠算段位検定試験」(社団法人大阪珠算協会主催)施行
   1965    40 「視覚障害者のための珠算検定試験」始まる
   1969    41 「暗算検定試験」施行 

 [6] 解 説(その3)

 (22)「大津ソロバン」
  大津ソロバン「片岡家」家伝によれば、「慶長十七(1612)年明人肥前長崎ニ来ル者、算盤ヲ携帯ス、此時先祖庄兵衛長崎奉行は瀬川左兵衛ニ附属シテ同所ニ出張シ在リシニ、之ヲ左兵衛ニ申稟シ、明人ニ就テ算盤製造法ヲ授カリ、帰郷ノ後、製造シテ幕府ニ献ス、幕府勘定御用調進ヲ命シ、其製品ハ調査シテ、品質ニ随テ価ヲ定メ、烙印シテ発売セシメラル、徳川氏一代ハ右ノ規定ニテ施行セシガ、旧説及ビ幕府下付ノ書類ハ中世紛失スルヲ以テ、端書ト伝説トヲ取合セテ記述スルコトヲ上文ノ如シ、但往時明人ヨリ授与セシ古算盤一面ハ今尚伝蔵ス」とある。

 (23)「和算書」
  『算用記』(著者不明)が刊行された。内容などから、16世紀末から17世紀初頭の作と思われる。紙数19枚、印刷は木製活字本である。龍谷大学所蔵。
『割算書』(毛利重能著・元和八:1622年)
刊年のあるわが国最初の刊本和算書である。内容は『算用記』とほとんど同じで、木版摺。東北大学に3本・日本大学に1本現存する。いずれも表紙がなく、書名は不明であったが、昭和2年『日本古典全集』出版の際、「割算目録之次第」とあることから、『割算書』としたともいわれる。    

 (24)『諸勘分物』(元和八:1622年)
  百川治兵衛の稿本で、佐渡において弟子衆に書き与えたまきもの。2巻のうち第1巻は失われている。写本は日本大学所蔵。

 (25)『塵劫記』(吉田光由著・寛永四:1627年)
  現存第二番目の刊行和算書である。内容が斬新で、和算は『塵劫記』から始まったといえる。江戸時代を通じて数学書のことを『塵劫記』といい、『塵劫』と名のつく本が、これから明治37年(1904)までの間に400種を超えて発刊されたという。

 (26)『新編諸算記』(正保二:1645年)
  百川忠兵衛著、現存するものは、明和元年(1655)の『しんへんさん記』がある。
  商除法(亀井算)を述べている(初見)。「かしらかけさん」(破頭乗法)、「下かけざん」(尾乗法)、「かげのかけざん」(省一乗法)、「中わり」(暗算による割算)を説明している。天一地五のソロバンを前提としている。
 
 (27)『数学端記』(田中佳政著・享保二:1717年)
  巻一に「算木」を箱型に固定した「新制龍籌図」がある。仕組みは五つ玉ソロバンと同じである。巻末にアイウエヲ等を使った「組み合せ」が掲載されている。  
 
 (28)『初学算法』(乳井 貢著・天明元:1781年)
  ソロバンは「天一地四」でよい、梁には一十百千万などの命位を刻めばいろいろと利用できる。位を定めてから計算すること(定位布数法)。等を主張している。わが国で最初の「四つ玉ソロバン」の提唱である。

 (29)『版籌』(乳井 貢著・天明五:1785年)
  「版籌」という特製の筆記板でする「筆算」を説いている。中国の『暦算全書・筆算』(梅 文鼎著・1693年)を参考にした、日本で最初の「(漢字使用の)筆算」の解説書。

 (30)「筆算」の解説書が発刊される。
西算(中国経由の数学)の『西算速知』(福田理軒著・安政四:1857年)は、(アラビア数字を使わずに)横書き(暦算全書・版籌は縦書き)で漢数字のみ使用して、加減乗除だけを説明している。
洋算(西洋:最初はオランダから、直接移入の数学)の『洋算用法』(柳河春三:しゅんさん著・安政四:1857年)は、アラビア数字を用いた筆算に関する最初の文献である。

 (31)「学制頒布」(明治五:1872年)
  日本で最初の近代学校制度に関する規定。国民皆学の理念・実学の重要性・受益者負担の原則などを説いた太政官布告が出された。
  最初は、「数学は和算を廃し、洋算を奨励する」ことにしたが、指導者不足などの理由からソロバンの指導を当分の間認めることにした。 

 (32)「伊勢百日算」(明治五:1872年)
  今の三重県四日市の東日野で「井上親亮」が、伊勢国員弁郡の「一色正芳」が考えた「百日稽古」を取り入れて「百日稽古塾:共興学舎」を開塾した。「授業は、農閑期の百日間を利用して、1日16時間:朝6時〜夜10時、割算を中心とした猛練習をして、百日間で実力を仕上げた」、これが世に謳われた「伊勢百日算」である。
  「共興学舎」からは、「川村貫治」を筆頭に多数の逸材が輩出されて、明治・大正・昭和から今日まで、珠算界のリーダーとして全国で活躍し斯界に大きく貢献した。
  「伊勢百日算:共興学舎」が近代珠算に残した功績は計り知れないものがあり、「井上親亮」は珠算界の「大恩人」である。

 (33)「珠算証明試験」(昭和三:1928年3月18日・第3回:昭和5年まで)
  東京市立実業学校珠算奨励会が主催して、商業学校の生徒を対象とした、珠算の技量測定の試験を実施した。(珠算能力検定試験の前身である)

 (34)「珠算能力検定試験」(昭和六:1931年)
  主催を「東京市立実業学校珠算奨励会」から「東京商工会議所」へ移管して施行した。

 (35)大阪でも「珠算検定試験」
  大阪商工会議所主催による、「珠算検定試験(1級〜5級)」を施行。第3回(昭和17年)まで実施した。

 (36)「全大阪珠算協会」設立
昭和15(1940)年12月24日、大阪商工会議所が提唱して、「全大阪珠算協会」が設立された。(会員は中等学校・商業学校・青年学校・小学校・大阪珠算報国会:珠算塾)

 (37)「珠算能力検定試験」全国統一
 昭和19(1944)年10月15日全国統一した、「第1回 珠算能力検定試験」施行(現在の試験の回数は、これより数える)

 (38)「アーニー・パイル劇場」
  昭和21(1946)年11月11日「アーニー・パイル劇場」で、アメリカ軍人トーマス・ネイサン・ウッド(第240財務部隊所属・二等兵:在日最優秀電気計算機オぺレーター)の電気計算機と松崎喜義(日本郵政省貯蓄課・22歳)のソロバンが競技して、3対1・1引き分けでソロバンが勝った。
  アメリカでは、この報道が信じられず、11月15日ニューヨークの放送局で、アメリカ人と中国人学生と試合を行ったが、やはりソロバンが勝った。

 (39)「珠算段位検定試験」(社団法人大阪珠算協会主催)施行
  昭和31(1956)年4月22日 「第1回珠算段位検定試験」を実施した。
  昭和48(1974)年9月15日から、日本珠算連盟に移管「第1回段位認定試験」となる。

 (40)「視覚障害者検定試験」施行
  昭和40(1965)年11月12日 「第1回 視覚障害者検定試験」を実施した。

 (41)「暗算検定試験」施行(大阪・第1回:昭和44年6月1日)
  「珠算能力検定試験」から、「見取暗算」が除かれたので、新たに「暗算独自の検定試験」を実施した。

posted by そろまんが at 14:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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