2010年03月31日

数と計算

1. バビロニアの数学と「和算」

 多くの文明が大河の流域で発生している。そこでは、農業が重要な産業で、収穫した穀物や租税、耕作地などの管理のために計算が必要とした。エジプトでは、洪水で失った耕地の面積を役人が測量し、王はそれにより減税したとヘロドトス(前485〜前425?)が書き残しているとのことである。

 最近になって、いろいろな論文に目を通していて驚いた。
 それは、3800年以前のバビロニアの楔形(セッケイ・くさびがた)文字による「開平」、はもちろん「帯縦開平」の計算がなされていたという。
* 記数法が60進法である「バビロニア数字」でする「開平」であること。
* それが、「帯縦開平」であること。
* 最も驚いたのは、解法が江戸時代の和算書『算法新書』(千葉胤秀著、文政13・1830年)と同じであったことである。3600年を隔てた和算の中に同じように解いているのをみると、驚きとともに嬉しくなった。

 『数学の誕生』( 近藤洋逸著 現代数学社 1977.6.10 )をヒントにして、記された。 「数学史にみる幾何学的代数学」黒田孝郎≪『富士論叢』第32巻第1号・1875年≫によると、バビロン第一王朝初期の紀元前1800年頃のものといわれる粘土板(エール大学蔵)に、つぎのような問題が刻まれているという。≪『文明における数学』黒田孝郎・三省堂・1986年P.23≫

 問 題
 「長さ」と「幅」を加えると6;30’『面積』が7;30°の時、「長さ」と「幅」を求めよ。
 (シュメール人の記数法は60進法であった。ここでは、7個と半分を7;30,と記す。)
これを、粘土板にあるとき方。
『数学の誕生』によれば
         x+y=6;30,   xy=7;30,
    テキストにいう:
         “長さと幅を半分にして加えると 3;15, ”
         “それを平方すると 10;33,45 ”
         “10;33,45 から 7;30, を引くと 3;3,45 ”
         “それの平方根は 1;45,である”
         “それを一方に加えよ 3;15,+1;45, ”
         “それを一方から引け 3;15,−1;45, ”
         “すると長さと幅を得る x=5  y=1+1 / 2=1;30, ”
これをいま少し詳しく計算すると
@ 6;30 ÷ 2=3;15=3 + 15/60
    A (3 + 15/60)²=9 + 2 × 3 × 15/60 + 15 × 15/60 × 60
=9 + 15/10 +(60 × 5 + 45)/60 × 60
=9 + 1 + 5/10 + 3/60 + 45/60²
=10 + 30/60 + 3/60 + 45/60²=10;33,45
    B 10;33,4 − 7;30=3;3 ,45=11025/60²
    C √11035/60²=105/60²=1;45
    D 3;15 + 1;45=4;60=5
    E 3;15 − 1;45=2;75 − 1;45=1;30
  
『算法新書』巻二 60丁裏の「帯縦開平」の問題
   直積三百五十七歩有 長平(縦横)和三十八寸 長及平何程と問
     答 長二十一寸 平十七寸
    術曰 和三十八寸を半して十九寸天とす 是を懸合三百六十一歩を得
       内積三百五十七歩を引残四歩を平方に開き二寸天を加へ長を得
       以て和の内より引平とす 
  『算法新書』の問題   面積:357  辺の差:38
解 法
  @ (長さ + 幅)を半分にする。      38÷2=19(天)
    A @を自乗する。             19²=361
     B A − 面積               361−357=4           
    C Bを開く                √4=2
    D @ + C                19+2=21
    E (長さ + 幅)− D = @ − C  38−21=17      
 
 古代中国でも、数学書『九章算術』(1世紀?)の第一章は「方田」で。耕地面積を扱っている。したがって、乗・除算と同時に「開平」の計算が行われているのである。
 「帯縦開平」としては、『田畝比類乗除捷法』巻下(楊輝著・1275)『算法統宗』巻六(程大位・1592)に見えるが、どちらも同じ数を使っているので後者は前者を参考にしたものであろう。
 しかし、『算法新書』の解き方は、『田畝比類乗除捷法』『算法統宗』とは異なっている。
どのようにして考えついたのであろうか。ともあれそれがバビロニア数学と同じであることに不思議を感じる。『幾何学的代数』で解くとこのようになるのであろうか。



2. わり算を足し算で

 私が小学生のころ、塾の先輩が関西大倉中学校へ入学して珠算部に所属した人がいた。
 その頃の「カンクラ」は中学・高校ともに、珠算の覇者として全国的に知れわたっていた。指導者は「鬼のシオミ」ともいわれた塩見利夫先生でありました。
 ある時、彼は「塩見先生らが、足し算でする割算を発明?して計算している」という話を聞いた。それが不思議に耳に残っているのである。
 そこで、足し算でする割算を記してみることにする。
1.帰一除法(加除法、直加除法、補数除法、増成一法、益除、歉除法)
  例   4,584,511÷97=47,263
          100−97=3……省法
 4584511
          +12(3×4)
          4704511
           +21(3×7)
          4725511
            +06(3×2)
          4726111
             +18(3×3)
          4726291
              +09
          4726300÷100(位取り)=47,263
 
2.拡大帰一除法(帰一除法を拡大した計算)
  例  250,399,374÷47,263=5,298
      100,000−47,263=52,737…(省法)
         250399374 
        +25
         +10
          +35
           +15
            +35
         514084374
         +10
          +04
           +14
            +06
             +14
         524631774
          +45
           +18
            +63
             +27
              +63
         529378104                               
            +40                                  
             +16
              +56
               +24
                +56
          529800000÷100000(位取り)=5,298
◎ この方法を、「ネイピア・ボーン」による割り算に利用すれば、足し算のみで計算できる。(『計算機歴史物語』内山昭著・岩波新書・1983.6.20・P.89・別稿にて)  

 今にして思えば、「帰一除法」も考えられないこともないが、多分「過大商除法」のことであろう。
3.過大商除法
  例  250,399,374÷5,298=47,263 
250399374
         5
         −25
          −10
           −45
            −40
         4985499374
         −2
          +10
           +04
            +18
             +16
         4796095374
           −7
            +35
             +14
              +63
               +56
         4729803974
           −3
            +15
             +06
              +27
               +24
         4726962914
            −7
             +35
              +14
               +63
                +56
         4726300000÷100000=47,263  

 基本運指では引き算は足し算に比べて、食指を使うことが多いので、割算に過大数を採り入れることにより減法が加法になるので、指の負担を軽減させる。しかし、過大数には必然的に「商の借り換え」がともなうのが難点である。
 最近では、大方が検定試験合格を第一の目標としているので、「過大数」は強いて使う必要がないのであるが、珠算本来の技術として特別算法を大切に伝承すべきと考える。
 過大数計算は、四則計算はもちろん「簡便算」「裏面数計算」「開平・開立法」など全ての算法に利用できるが、一番利用価値が高いのは「十三商割競算」であろう。減算の指使いの練習とともに、前述の「商の借り換え」の練習にも最適である。
 過大数計算は珠算のみの最高技術として、これを自由に扱えることこそ、珠算の醍醐味である



3. 余数(補数)乗法
   例1  8×6=(10−2)×(10−4)=48
      *ソロバンでは、この2と4を補数といって、8の補数は2、6の補数は4
       であるといいます。
   計算方法 (8―4)×10+2×4=48
           ↑(相手数の補数)↓ 
             または、 (6−2)×10+2×4=48 
例2. 7×6=(10−3)×(10−4)=42  
    計算方法  (7+6)×10+3×4−100=42
    
例3. 9×3=(10−1)×(10−7)=27
    計算方法  (9+3)×10+1×7−100=27
   
例4. 4×2=(10−6)×(10−8)=8
    計算方法  (4+2)×10+6×8−100=8 



4.指でするかけ算
  前の11.を延長あいたのが、よくいわれる指算で、6,7,8,9の段どうしのかけ算である。最近までヨーロッパ(フランス・ルーマニアの農民、モルドヴァ・セルビアのジプシー・イランのクルド人などのあいだ)で使われていたらしい。
     8×6=48
    計算の手順 @5の段までの九九は覚えさせる。
          A左手の指で、親指から小指に向かって1,2,3,4、5とおりまげて、6,7,8と起こす。(3本起きている)
          B右手の指で、親指から小指に向かって1,2,3,4,5とpりまげ
           て、6と起こす。(1本起きている)
          C左右の起きている指は、1本を10と数える。(4本で40)
          D左右の曲げた指どうしかけ合わせる。(2×4=8)
          ECの数とDの数とを加えて、積とする。(40+8=48)
   
*10を超えた数どうしのやり方もあるが、ここでは省きます。



5.インドの掛け算( 十位が1のとき・両首一法 )
   テレビで、インドの人が19までの数の掛算について、つぎのように説明していた。
  例 1. 17×13=221 
         17
×  13
         200
   21
        221                    
     (17+3)×10+7×3=221

  例 2. 18×16=288 
          18
 ×  13
   240     
          48      
  288     
 (18+3)×10+8×3=288  

 これを、余数乗法と同じように、つぎのようにするとよい。
  例 1. 17×13=(17+13)×10+7×3−100=221
  例 2. 18×16=(18+16)×10+8×6=100=288



6. 1に近い数どうしの計算(近一乗・除法)
 @ 1に近い数どうしの掛算
   * 計算方法:2つの数をたして1を引く
    1.03×1.02=1.03+1.02―1=1.05(1.0506)
    1.04×0.98=1.04+0.98―1=1.02(1.0192)
    0.98×0.97=0.98+0.97―1=0.95(0.9506) 

 A 1に近い数どうしの割算
   * 計算方法:1をたして割る数を引く
    1.03÷1.02=1.03+1−1.02≒1.01(1.0098…)
    1.02÷1.03=1.02+1−1.03≒0.99(0.9902…)
    1.04÷0.98=1.04+1−0.98≒1.06(1.0612…)
    0.98÷1.02=0.98+1−1.02≒0.96(0.9607…)
    0.98÷0.96=0.98+1−0.96≒1.02(1.0208…)
    0.96÷0.98=0・96+1−0.98≒0.98(0.9795…)  



7.「九九」を使用しないわり算(増成一法)
  中国では、ソロバンが発生するまで「籌(ちゅう)」とよばれる「算木」で計算が行われていたが、しかし、けっこう手間がかかるので、いろいろな工夫をいろいろな方法が 考えられながら発達した。
@ 発達の一つの段階として「増成一法」といって、つぎのような方法がおこなわれて  いたが、特徴は加減のみで全く「九九」を使わないでする除法である。
  例  3456÷8=432
   *3  4  5  6   8で割る(*は途中のソロバン面である)   
      +2           8と10との差=2(補数という)
      +2           @首位の3を仮の答として、つぎの位に補数
      +2            の2を3回たす
   *3 10  5  6
      −8           A10から除数の8を引く
   +1              B8が1回引けたので、上の位に1をたす  
   *4  2  5  6     C4は確定する
         +2       Dつぎの2を仮の答として、つぎの位に補数
         +2        の2を2回たす 
   *4  2  9  6   
         −8        E9から除数の8を引く
      +1           F8が1回引けたので、上の位に1をたす
   *4  3  1  6     G4と3が確定する 
                   Hつぎの1を仮の答として、つぎの位に補数
            +2      2を1回たす
   *4  3  1  8
            −8     I8から除数の8を引いて上の位に1をたす
   *4  3  2        答は 432 である 

                        ・  ・  ・  ・
  この計算はソロバンでは、定位点にあわせて  3・・4・・5・・6 と布数して 
 計算すれば簡単にできる。
  この計算が発展して、「割り声(割り算の九九)」がうまれた。なお、中国では、なるべく考えずに答を算出する工夫をした。
 
A 「省一除法」への利用 
2けたの「増成一法」もできないことはないが、やはり複雑である。
「省一除法」に利用すると、普通の簡便算より商が楽に按出できるので
 例  3553÷19=187
    イ  ロ  ハ  二
   *3  5  5  3   (*は途中のソロバン面である)   
                   @イを仮商として、3×9=27引けない
  −1+10           Aイから1を引いて、ロに10を加える
   −1+10           Aをくり返す
   *1 25  5  3   
      −9           Bロから、1×9=9を引く
   *1 16  5  3     *イの1が確定する
      −6+60        Cロから6を引いて、ハに60を加える
      −1+10        Dロから1を引いて、ハに10を加える
      −1+10        Dをくり返す
   *1  8 85  3
        −72        Eハから、8×9=72を引く
   *1  8 13  3     *イとロが確定する
         −3+30     Fハから3を引いて、ニに30を加える
         −1+10     Gハから1を引いて、ニに10を加える
         −1+10     Gをくり返す
         −1+10     Gをくり返す
   *1  8  7 63    
           −63     H二から、7×9=63を引く
   *1  8  7        答は 187 である 

B増成一法の逆算(乗算)
  例  432×8=3456
    ・  ・  ・  ・
   *4  3  2       8をかける(*は途中のソロバン面である)   
         ―1 +8    @末位の2から1を引いて次の位に乗数8をたす
   *4  3  1  8
            −2    A末位の8から乗数8の補数2を1回ひく
   *4  3  1  6    
−1 +8       B次の実3から1を引いて次の位に乗数8をたす
   *4  2  9  6   
         ―2       C下2位の9から2を2回引く
         ―2       
   *4  2  5  6   
   −1 +8          D首位の4から1を引いて次の位に乗数8をたす
   *3 10  5  6    
−2          E下3位の10から2を3回引く
      −2         
      −2
   *3  4  5  6    答は 3456 である 

 
8. 9で割れる?(2〜9の整除性)
    任意の整数を、ある整数で割って、整数で割り切れることを整除性といいます。    
   @ 2の整除性
     偶数は2の倍数である。
   A 3の整除性
     単一数(各位格の数字を合計した数、例 348 3+4+8=15と2けたになったので、さらに足しあわせて 1+5¬=6 と1けたにした数)が、3の倍数であれば、3で割り切れる。
   B 4の整除性 
     (イ)末尾の2桁が、00か4の倍数であれば、その数全体が4の倍数である。
     (ロ)偶数で、下2桁を2で割ってもその答が偶数であれば、4の倍数である。
   C 5の整除性
     一位が、0か5であれば、5の倍数である。
   D 6の整除性,
     偶数で、単一数が3の倍数であれば、6で割り切れる。 
   E 7の整除性
* 7が一番複雑である。
     (イ)一位から、3桁ずつの群にわけて、奇数番目の群の和から、偶数番目の和を引いた差が、0か7で割れれば全体の数が7の倍数である。
        例 3,912,657,840
(840+912)−(657+003)=1,092
          092−001=91 91÷7=13 と7で割り切れるので、
          3,912,657,840は 7の倍数である。
     (ロ)1位(7位)数の1倍、2位(8位)数の3倍、3位(9位)数の2倍、
        4位(10位)数の6倍、5位(11位)数の4倍、6位(12位)数の5倍した数の和が、7で割り切れれば、全体の数は7の倍数である。
        例 3,912,657,840
         0×1+4×3+8×2+7×6+5×4+6×5+2×1+1×3+9×2+3×6=161 161÷7=23 と7で割り切れるので、
          3,912,657,840は 7の倍数である。
     (ハ)末位数の2倍をその上位から引いて、順次上位へ引いて残数が7で割り切れれば、全体の数は7の倍数である。
        例 3,912,657,840
3912657840
                    −8C 
               3912657000
                  −14F
              3912510000
                  −2@        
               3912300000
                ―6B
               3806000000
              −12E 
              3780000000           
             −16G
               21
        21は7で割りきれるので、全体の数は7の倍数である。
     (ニ)上位から1001の倍数(9009,8008,…)を引き去って、3桁になれば、777を引いて残数が7で割り切れれば、全体は7の倍数である。
        例 3,912,657,840
3912657840
   −3003
                909657840                  
               −9009    
                  8757840
                 −8008
                  749840
                  −7007
                    49140
                   −4004
                     9100
                    −9009
                      910
                    −777
                      133
           133÷7=19 と7で割れるので、全体は7の倍数である。                                  
     (ホ)3×(1位目の数)+2×(2位目の数)−1×(3位目の数)−3×(4位目の数)−2×(5位目の数)+1×(6位目の数)+3×(7位目の数)−2×(8位目の数)−1×(8位目の数)−3×(9位目の数)が、7で割り切れれば、全体の数は7の倍数である。
       例 3,912,657,840    
3×0+2×4−1×8−3×7−2×5+1×6+3×2+2×1−1×9−3×3=0+8−8−21−10+6+6+2−9−9=−35   
       −35は、7で割り切れるので、全体の数は7の倍数である。
     (へ)A+5Bが7の倍数であれば、10A+Bは7の倍数である。 
       例  329
       A=32 B=9 A+5B=32+5×9=77 は7で割り切れるので、
       32×10+5×9=77 で7で割り切れるので、
32×10+9=329 は7の倍数である。
   F 8の整除性
     (イ)末尾の3桁が、000か8の倍数であれば、全体の数は8の倍数である。
     (ロ)偶数で、下3桁を2で2回割っても偶数でれば、8の倍数である。
     (ハ)百位が偶数のときは、下2桁が8で割る。
        百位が奇数のときは、下2桁に20を加減して8で割る。
     (ニ)1×(一位の数))+2×(十位の数)+4×(百位の数)が8で割り切れれば、全体の数は8の倍数である。
   G 9の整除性
     その数の単一数が9となれば、9の倍数である。
     3,456の単一数は、3+4+5+6=18=1+8=9で単一数は9である。 


9.検算について

 「二算は、三算なり」(一つ目と二つ目の答が違えば、三度目の計算を必要とする)
 計算は合理的・能率な的観点からみて、答の算出は一算が望ましい。しかし、実務的には時として検算も必要である。
 (1)検算の方法
  A.正答算出法
    イ.再算法 ロ.順序転換法 ハ.算法交換法(算法変更法) 二.問題変化法
  B.正誤判別法
    イ.概算法 ロ.逆算法 ハ.剰余利用法

 (2)剰余利用法
    ここでは、Bのハ「剰余」を利用した方法について述べる。
 ソロバンと電卓の違いはいくつかあるが、計算終了時に直接「余り」が求められるかどうかもその一つであり、実用計算としては大切なことである。
 不十進諸等数の計算などは、余りが出なければ、かえって複雑で計算に時間がかかるのである。そこで、「余り」の利用法についていろいろな観点から考えてみたい。
  A.九去法
    剰余として、一番知られているのが、九去法であるので、一応利用法を記しておきたい。
* 九去数(単一数とか、根ともいう)の求め方
例 13,578÷9=1,508…6 で九去数は 6 である。
  九の場合は、各位格の数を 足せば求められる。
  1+3+5+7+8=24  2+4=6 となる。
    *加減算の場合
      例 9,876−4,321+2,135=7,690(7+6+9=2+2=4)
    九去数   3  −  1  +  2  =  4  

    *乗 算の場合
      例 263×457=120,191(1+2+1+9+1=1+4=5)
    九去数  2 × 7 =14=1+4=5
    *除 算の場合
      例 142,378÷481=296 … 2
    九去数    7  =  4 × 8 + 2
  
B.「九去法」の歴 史
   カジョリの『初等数学氏』(小倉金之助補註)によれば、「九去法は3世紀に、ローマの司教ヒッポリュトス(Hippolytos)に知られていた」という。
   「験算法は、インドの土盤算法中、数字が随時消されることから、計算結果の正確か否かを検証しようとつくられたものだ」(中国数学史)「インド人の発明ではないが、インド人にはわれわれ以上に役立った」とも。
  =西 欧=
   『実用算術概論』(1585・クラビウス・Ciavius)
  =中 国=
   『同文算指』(1614・利瑪竇口述・李之藻記録)「九除」「七除」
   『暦算全書』(1718・梅文鼎著)「同文算指から引用した」「試法九減・七減」
  =日 本= 
『勘者御伽双紙』(1743・中根法舳著)「合否を知る術の事」
『算法童子問評林』(1798・会田安明著)「御伽双紙の九去法を邪術」
  「此レ即チ虚題ニシテ邪術ナリト知ルベシ」と批判している。
『方円秘見集』(1667・多賀屋清兵衛)
勘定に十の心得の事「割候さんは掛、懸候さんは割り候て元に成か合違ひ知事」
   『算法玉手箱』(1879・福田理軒著)
  
C.n去法
    除数は何を使ってもよいのであるが、条件としては、
@ 剰余の案出が簡単である事、
A 剰余での処理が簡単である事、
B 正否の判別がしやすいことである。  
    そこでいくつかの剰余の求め方をを考えてみたい。
   イ、十一去法
     例   142884
        −11
         −22
          −99
           −88
            −99
              5(十一去数)
   ロ.九十九去法
     例 142884 末尾から2けたずつ足す
       ・・  ・・ 84+28+14=126=26+1=27(九十九去数)     
   ハ.百一去法
     例   142884
        −101
         −404
          −101
           −404
             70(百一去数)
    ニ.九百九十九去法
      例 142884 末尾から3けたずつ足す
・・・ 884+142=1026
=026+1=27(九百九十九去)
    ホ.千一去法
      例   142884
         −1001
          −4004
           −2002
             742(千一去数)
    へ.八十九去法
      例 142884 ÷89を(100−11の)帰一除法で計算する。
        ・
    +11(1×11)
        153884
         ・
         +66(6を予測して・6×11)
        160484
           ・
           +55(5を予測して・5×11)
        1605BH  39が余るので、39(八十九去数) 

ト.九十七去法 
      例 142884÷97を(100−3の)帰一除法で計算する。
        ・
        +03(1×3)
        145884
         ・ 
         +12(4×3)
        147084
          ・
          +21(7×3)
        147294
           ・
           +09(3を予測して・3×3)
        14730B  3が余るので、3が(九十七去数)

      ◎ 条件@から考えると、九十九去法か九百九十九去法であろう。
posted by そろまんが at 22:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月29日

あのころ・あのこと

           あのころ・あのこと

  田村先生が生前「珠算界の裏話を歴史の一つとして、アンタに伝えておきたいので、文章にしておくからな」といっておられたのですが、もらえないままに鬼籍に入られました。
私も第一線を退いた現在、顧みて思うことを記しておきたい。口幅ったいこともあると思われるが、聞き流してもらいたい。



9.戦前の「文検」のこと
 昭和39年「柔道」「剣道」とともに「計算実務」の文部省教員検定(文検)が復活した。
 戦前(昭和6〜18年度)は小学校・中等学校・高等女学校・師範学校・実業学校の教員について全教科目実施されていた。珠算は「実業学校教員免許試験」の中に含まれていて、珠算専門教員の登竜門といわれたので、多くの珠算人がそれを目標に勉強し受験したということである。
 文検の問題は、計算技能・商業算術はもちろん各種特別算法・珠算史など、標準算法や通常の知識技能では処理しにくいとか、非常に回りくどくて手数のかかる方法によらないと解きにくい問題が含まれていて受験者を悩ましたということである。
 しかし、戦前の多くの珠算教育者は、文検を受験すると否とにかかわらず、文検の問題等を対象として学び大いに議論したそうである。
 問題の一部を列挙すると、技術的問題・商業算術の問題は省く。○字は年度
(1)G除算句法中ノ撞帰句法ト帰一還元句法ノ見解ノ異ル点ヲ記セヨ
  本句法ヲ使用スルト使用セザルトハ如何ナル便,不便アリヤ
(2)G平方数及ビ立方数ガ小数ナル場合二於ケル根数ノ定位ハ如何二スベキカ,例ヲ揚ゲテ説明セヨ
(³)G²√308,494.138=(小数第5マデト残数ヲ求メヨ)
(4)G³√0.000567457901639=(小数第5位マデ求メヨ)
(5)H明治初年ヨリ現今二至ル珠算教授ノ沿革ノ大要ヲ述ベ併セテ将来ノ珠算教授ニツキ思フトコロヲ簡単ニ記スベシ
(6)H破頭乗法ト減一乗法トハ実用上何レガ便,例ヲ挙ゲテ略明セヨ
(7)I実業学校ニ於ケル商業算術ヲ珠算ヲ以テ教授スルコトノ可否ニ就キ其思ウ処ヲ簡単ニ述ベヨ
(8)I181,705,722ヲ1,298ニテ除スル場合ニ於テ如何ニスレバ簡便ニ計算シ得ルヤ,各
  算法に於ケル運算ヲ簡明ニ説明セヨ
(9)M読上算ノ教育的価値ヲ述ベ,コレガ教授上留意スベキ点ニツキ説明スベシ
  尚読上算ヲ技能試験ニ於イテ課スルコトニツキ所見ヲ述ベヨ
(10)M下記ニツキ述ベヨ
    ㋑塵劫記   ㋺算籌   ㋩因帰算歌   ㊁大津算盤   ㋭亀井算
(11)N初等教育ニ於ケル珠算教授ヲ基礎トシテ実業学校ノ珠算教授ヲ為スニハ如何ナル点ニ留意スベキカ
(12)N下記ニツキ述ベヨ
    ㋑算学稽古大全ニツイテ
    ㋺明治維新以後ニ於ケル珠算教育史概説
    ㋩過大数除法ノ指導案ヲ作成セヨ
(13)O珠算教育ノ使命ヲ述ベヨ
(14)O下記ニツキ述ベヨ
    ㋑点竄     ㋺算法新書
(15)P五ヶ年制ノ商業学校ニ於ケル除法ヲ指導スルニ商除法ト帰除法トヲ比較検討シテコレヲ如何ニスベキヤ理由ヲ付シテ所見ヲ述ベヨ
(16)P下記ニツキ述ベヨ
    ㋑毛利重能ノ事績ニツイテ
    ㋺和算ノ発達ニ及ボシタル珠算ノ影響ニツイテ
(17)Q商業学校ニ於ケル珠算教材ノ排列ニツイテ述ベヨ
(18)Q商除法ニ於ケル過大商ノ利用法ヲ,次ノ問題ニヨッテ解説シ指導上特ニ留意スベ
    キ点ニツキソノ要領ヲ述ベヨ
        117,764÷236      426,288÷856
(19)Q下記ニツキ述ベヨ
    ㋑割算書     ㋺新編算記
(20)Q決戦下ニ於ケル珠算教育ノアリ方ニツイテ
【引用文献】文検問題集(文検問題研究会編)
 計算実技(多桁の四則、諸等数を含む)・商業計算・見取算の作問などに加えて、口頭試問があって受験者を悩ませたと聞く。
 五段以上の昇段には、この程度の専門知識が必要ではないだろうか。なぜなら、その人達がマスコミなど社会との接点が多いからである。



8.「先珠と先払いについて」池田烋一先生の見解

 私が大珠協に入会して間もない頃、研修部主催の「座談会」があって、主なテーマは「運珠法における先珠と乗算おける実の先払い」でした。地区の先生方に教えを請うと、多くの方々からいろいろの意見を頂きました。その折、故 池田烋一先生がご自分の見解を私のためにわざわざ文章にして下さったのが見つかりました。(S37.1.17付)

凡そ算法の優劣を論ずるには、次の諸点を考えねばならないと思う。
 1.一般的普遍性を持っているかどうか。
 2.被指導者(特に初心者)の理解が容易であるか。
 3.計算速度が優れているかどうか。
 4.他の算法との関連性はどうか。
 今、上記の諸点より、先珠と実先払いについて研究してみる。
イ.「先珠」について
 1.一般的普遍性の面から考えれば、筆算の普及度は大であり、その考えからゆけば、4+7の場合4+7=11になるのであるから、そろばん面の4を11に置き換えるのであって、先珠使用である。それが証拠に初めて珠算を学習する者の大半は先珠使用であるのを見てもわかることである
 2.学習者、特に小学校低学年にとって理解の難易を考えると、先珠使用はある程度の頭脳を必要とするため、知能程度の低い子どもには難解であり、そろばんの特異性ともいうべき殆ど思考を要さずに機械的に計算が処理できるという長所を失ってしまうおそれがある。
   しかし、ここに東京の木村勤氏がいうように「現在の指導(後珠使用)に矛盾あり」と、即ち4+7=11は7とる10と後珠であるが、4+3=7の場合は後珠使用の理論からゆけば、先に2をとり後で5を入れるべきであるのに、先に5を入れて後で2を払うことこそ先珠使用でなかろうかと、なるほど一見矛盾が見えるものの、十珠の分解が9種に大使、五珠の分解は4種と半数にも満たない比率ゆえ、五珠の分解のみ、3.の精神を生かし、指導上もそう困難ではなかろうと思い現在の方法がとられていると思われる。
3.計算速度からいえば、問題なく先珠の方が優位であることは動かすことのできない事実である。すなわち、そろばんの布数は左より順次右へ行こうするのが自然であり、
746+897の場合、後珠使用によれば、A図のごとく右より左へ、右より左へと逆布数になり、指の移動も多くなり、その分計算速度が遅れるわけである。
   今、先珠にて計算すれば、B図のごとくその布数法にもかなり理想的な指の移行が見られる故計算速度も 速くなるのである。
  A.            B.
      746           746     @Aは指の動く順番で
      + 897         + 897     ある。
        @            @A
      A B            BC
        C D            DE
         E
 4.他の算法との関連性については、この問題は、基礎運珠で純粋の算法とはいいがたく、論ずるまでもなかろう。
  以上、結論としては、一般的指導(特に最近低学年の学習者がふえてきている現状)は、当然理解し易い後珠使用こそ最良であるが、将来選手として育てるべき目的を持った者、すなわち秀才教育においては(現状では、わが子・わが弟妹というように限定されるが)、当然、計算速度の速い先珠使用を教授すべきであると考えている。
ロ.「実の先払い」について
  現在の珠算界をみると、大体関東方面が実先払いを行い、関西方面が後払いを行っている現状であります。
  その理由として、高等学校の教科書に著しくそな特徴が表れており、関東の著者によるものは先払いを述べ、関西の著者によるものは後払いを述べており、その教科書採択が各々その地のものを採っているため、高校の指導がそれによられており、塾も自然に影響をうけたものであると思われます。
  さて、両算法の発生について考えみると、昭和13年文部省の発行せる国民学校の算数指導書に初めて、甲種算法(帰除法・頭乗法)、乙種算法(商除法・頭乗法別法)なるものが公表され、それに乙種算法として、実の後払いが解説されたのであります。その後、次の二つの理由により、新頭乗法として、実の先払いが提唱されたものであると考えられます。
 1.実を咲きに払うことにより、実と部分積との空間が必ず一桁乃至二桁生ずるため、多桁の実を乗ずるとき、後払いにより起こりうる実と部分積との近藤がなくなり、それによる誤算を防ぎうること。
 2.先に払う方が、布数理論にもかなっているので、計算速度が稍速いこと。
  しかし、後払いの最大の長所ともいうべき、実を忘れたり、法首と混同したりする間違いが殆ど無い点を考えると一般的指導、特に低学年には後払いが最良の方法であると思う。故に法2けた位までの指導は後払いにより(このときに、九九は実先唱を徹底させる)、その後法3桁位より先払いの指導をするのがよいのではないかと信じております。

 以上、時間の合い間に、私のとりとめなき意見を述べておきました。
 先生のご参考になれば後塵です。今後尚一層のご研究を期待しております。




1.「暗算検定」と「名人戦」について

  昭和三十年代の後半、塩見利夫先生を中心に「選手指導特別委員会」が設置されて、月2〜3回、土曜日の午後、大阪商工会議所の議場等において、会員の学校・塾の希望者を集めて合同練習会を開いてくれました。
  それが発展して、「技術指導部」として常設になり、担当理事に川崎享治朗先生でした。
幸いにも委員の一人として参加し、多くの先生方から種々教えを受けました。
  練習会の帰りに、川崎先生と「うめだ花月」の筋向かいにあった「セビリア」という喫茶店で、それもコーヒー一杯で長時間過すのが通例でした。
  もちろん話題は「ソロバンの話」です、そんな中で生まれたのが「暗算検定」「名人戦」や「100傑選定会」でした。話し合って「暗算検定」は村上が、「名人戦」は川崎が理事会に提案することにしたのです。
  「珠算能力検定試験」1,2級の試験科目から「見取暗算」が除外されたのは、第64回(S43.10.27)のことで、43年6月の理事会で二件の提案をし可決されて、どちらも特別委員会が設けられました。
  「暗算検定」は、常務理事として野中華威治先生、委員長に村上が、「名人戦」は、常務理事として塩見利夫先生が委員長には川崎先生が指名されました。
  委員は、どちらも同じ顔ぶれで、上田與・河合孝・玉田光子・虎谷哲夫・藤岡進の5人の先生方でした。

  大阪としての基本方針は「段位の轍を踏まない」。すなわち東京・名古屋と一緒に検討して内容・程度・開始時期などを、同一歩調で進めることでした。
  それから約一年間、何回かの会合を重ねて、翌44年1月26日京都商工会議所での近畿二府四県合同研究会の会場で妥結し最終決定されたのです。
  試験の名称、字数/秒・難易度・疲労度はもちろん、時間的・物理的に検定試験として成立するための諸条件などを検討しました。
選手層の厚かった大阪でしたから、最初のわれわれの案は、2桁×2桁(÷2桁=2桁)が初歩(3級)という考えから、実・法(法・商)併せて5桁が2級、実・法(法・商)併せて6桁を1級と考えておりました。したがって、ずっとその線で押してきましたので、東京・名古屋となかなか折り合いがつかないままに、この日を迎えたのです。
  最終日、東京の高橋正成副理事長の「大阪案では、東京で説得できない。村上さん、問題が易くても受験者が多くなれば、そのことが暗算の普及に、延いては珠算の発展につながるのではありませんか」という言葉で、大阪としても受け入れることにしたのです。一任はされてはいましたが、その後大阪での説得に苦労したのを覚えています。
  第1回『暗算検定試験』が実施されたのは、昭和44年6月1日で、「暗算丸」が何とか無事に船出したのでした。

  もう一つ提案したのが「名人戦」です。
  顔を合わせるといつも話題になったのは、「一発勝負でのフロックという危険性?」でした。フロックも実力という考え方もあり、現実にスポーツや種々の競技が一発勝負であるのも事実であります。
  しかし「将棋や囲碁のように何日もかけるのは難しいが、何度も何度も繰り返して、挑戦して、疲れを押して実力を出し切って勝敗を決めるような試合をさせたい。とにかく、どこにもないような大会をしてみたい」というのが、われわれ二人の考えでした。
  こちらも「委員会」の会合を重ねました。真の実力が発揮できて、それが判定できるようなシステムとルール作りを心がけました。
その結果、予選から一対一のリーグ戦の採用。駆け引きを防ぐため全問正解とスピード優先による判定ということを決めました。
  「第一期名人位決定戦」は昭和45年8月9日開催されて、名人位には雨池健三氏が、準名人位には伍賀新一氏が決定し就位しました。
  ところが、2年後に開催された「第二期」では、予選は全員で一斉に競技するようになりましたが、本来の二人の考えていた「参加選手全員が、疲れを押して力を出し切る」というわれわれの考えていた主旨から離れたことは少し心残りです。

  このように、「暗算検定」と「名人戦」は、大阪梅田の「セビリア」で生まれたのです。



2.「段位検定」について

  「国民珠算競技大会」の問題量が「×・÷30題」になった頃から、技術の向上と学習意欲の増進、より高い目標を持たせ、延いては珠算の権威の昂揚のため、大珠協では、3年越しの検討の結果『段位検定試験』を実施した。昭和31年4月22日であった。
  受験者185名、段位取得者61名、最高位は総合四段で5名だったという。
  ここで「段位検定試験」を二つの側面から考えてみたい。
  
  ≪十段がごろごろ≫
  準備委員に聞くと、当時は、最高は六、七段で十段など考えられなかったということであった。
  草地貞吾著『段位私考』によれば、
「十段は、単なる頂上、最高を意味するだけではない。十段の中には、九段から初段等一切の段・級が含有統一されている。あらゆる芸道技術がそこに集約統合されているのである。」また、「十段は、存命中の人にはこれを認めず、九段としてその道の亀鑑、師表、万人敬仰欽慕の的たりし人に対する死後の追贈とし、しかも『十段位』と呼ぶを適当としよう」とした上で「近頃は、一部の道、術、技、芸の十段を称するものが続出するようだが、異端であり、外道である」と断じている。
  九段十段ともなると、だれもがおいそれと手にできるものではないのです。
  そこには、本人の資質はもちろんですが、指導者の卓越した指導力などよい環境と大変な努力の結晶であって、簡単に取得できるものではありません。
  しかし、それが通用するのは「珠算界」中だけであって、自己満足にすぎないのではないだろうか。
日本の「道」という観点での「段位」を採用するかぎりは、社会通念から逸脱していては、いずれ社会からの乖離は免れないのではないだろうかと思う。
  私の記憶では、「全珠連」が「段位」を採用した初期には、たしか「八段」を最高位としていたと思う。これは前述の主旨から当を得ていたと思うのだが。
  私は、たとえば九段十段を返納してもらって、別の称号を新設して「贈呈」してはどうだろう。段位から離れれば、まだ幾つかの称号を採用しても差し支えないのである。

  ≪高段者の専門教養≫
  昭和31年大阪で生まれた「段位検定」は、すぐには全国化しなかった。
 当初から、趣旨と効果を理解して実施に踏み切った団体は「名古屋」をはじめとして、最終的には全国で26か所にも及んでいたのです。
  しかし、「東京」では多くの希望にも関わらず、実施に踏み切れなかった。
  「珠算能力検定試験」の制定の功労者は「山崎與右衛門博士」といわれています。
  山崎先生は、「珠算は学問である」というのが基本的なコンセプトでありましたので、珠算は技を競い合ったり、スピードの向上に時間と労力をかけるより、何事にでも振り向けて一般的に向上を目指す方がよい。
  山崎先生は、この信念を枉げず、名古屋の高橋明夫先生の提案が採用されて現在も実施されている。「1級満点合格の表彰」に対しても一貫して反対であった。(珠算襍記No.1)
  これからみて「学問に段位をつけることは、学問に対しての冒涜」である、という考えであったのであろう。
  
  東珠連では、再三に亘って説得を試みたが、実施までにはいたらなかったのである。
  そこで説得材料の一つとして、昭和44年11月22日大珠協事務局において、三団体(東珠連・日珠連名古屋支部・大珠協)の代表が集まり、つぎの二か条を確認した。
 @社団法人東京珠算教育連盟・日本珠算連盟名古屋支部・社団法人大阪珠算協会が実施している「珠算段位検定試験」が、珠算技術向上のために適切であることをみとめた。
 A日本珠算連盟名古屋支部・社団法人大阪珠算協会は、珠算段位の認定に際し「珠算に関する教養の度合いを審査する」ことが必要であることを認めた。
  この合意をもって、山崎先生を説得し「いずれは、珠算史や算法などの専門教養を試験科目に採用する」ことを条件にやっと認めてもらったと聞きます。第1回は昭和45年3月22日であった。
 
  私は相当以前から、高段者はマスコミや教育機関など、一般社会との接点にあり、接触する機会が多い。そのような時、珠算の歴史やメリット、算法などを尋ねられることがあっても、高段者といえども初歩的な珠算の専門教養について全く知識がないのが現状であるのではないか、高段者の中から次代の指導者を育てるという意味からも必要なことであると考えていた。
  主催者が日珠連の手に移行したということで、前述の「申し合わせ」は反古にしてもよいのであろうか。


3.「高校珠算」の功績
  「高等学校の商業科」における「珠算」の功績を、二つの観点からみてみたい。
 
  ≪珠算の延命≫
  終戦後、GHQ(連合軍総司令部)の占領政策として、「日本の教育改革」を企てた。その結果「六・三・三・四制」の現行学校制度の「学校教育法」が昭和22年に公布されて現在に至っている。
  その根底には、「日本人の強靭な精神力に畏怖の念を抱いていたので、精神の鍛錬となるような教科目は学校教育から排除して、その芽を潰そう」と考えが流れていたのではないかという人がいる。  
  まず槍玉に挙がったのは、柔道・剣道などの「武道」である。それに道ずれとされたのが「書道」であった。実際、柔道・剣道・書道はその後10年近くの間学校教育から除外されていたのである。
  その時、わが「珠算」もその危機に瀕していたのである。
  しかし、東京の商業教育に携わっていた先生方(中心は山本長五郎氏)の尽力によって、その難を免れたと聞きます。GHQから「ソロバンは従来通りで学校での教育を認める」という通告を受けたのが昭和21年の春のことだそうです。
  このようなことが、「ソロバンの勝利」に終った、その年の秋(11月11日)の「アーニー・パイル劇場での、ソロバン対電気式計算機の試合」が開かれることにもつながったのではないかとも思います。
  それから昭和25年新制高等学校の発足のために、商業科の教科内容の検討にはいり、「内容が従来のように、珠算(利息算・換算)だけであれば、GHQは容認しないであろう」ということで、戦前になされていた「商業算術」の内容を採り入れることを考えて生まれたのが、『珠算および商業計算』(昭和31年改訂から『計算実務』、昭和53年公示から『計算事務』)という長い名称の科目であった。
  山本氏らは持論として、高校珠算における「珠算と商業計算との結合」であり、「珠算実務検定試験」の実施であった。
  そのころの珠算界では、商工会議所の「能力検定」を至上のものとして、「商業計算を採り入れるのは異端」として、受け入れられなかった。
  全国的にも反対論が多数を占めていたが、大阪では、加納楠之助先生(天王寺商業高校)を中心とした大阪珠算倶楽部の人たちが趣旨に賛同して協力したということです。
  「珠算実務検定試験」は、第1回・25年11月実施より、関係者の努力によって急速に全国的に拡大して、社会的にも認められて普及していった。
  私は、このことが高等学校・商業科での珠算学習者の増加となり、能力検定の受験者増にもつながったと思っている。
  しかし、社会の文明の進化は目覚しく、その後の推移を、文部省「学習指導要領」から科目の「目標」を抜粋してみたい。
昭和25年「珠算による計算事務の能力を養う」
  昭和31年「商取引や経営に関する諸計算を、珠算その他によって正確・迅速に処理する技能・能力を養う」
  昭和35年「商取引や経営に関する諸計算を、珠算や計算機などによって正確・迅速に処理する技能と能力とを養う」
  昭和45年「商取引その他に関する計算事務を、珠算や計算機械によって正確、迅速に処理する技術を習得させる」
昭和53年「珠算や計算機の操作に習熟させるとともに、商業活動に必要な計算事務を正確、迅速に処理する能力を養う」
  平成 元 年「商業活動に必要な計算を合理的、能率的に処理するための知識と技術を習得させ、珠算や計算機の操作に習熟させるとともに、経営活動に役立てる能力と態度を育てる」   
  これが示すように、加算機にはじまり、やがて電卓が普及しだしたころから、珠算に対する世間の評価が著しく変化しだした。長崎の商業高校で「昭和62年度の入学生から計算用具としてソロバンを電卓に切り替えた」という学校が現れた。
  もし、戦前のように商業科目が「珠算」と「商業計算」が別個であれば、電卓の出現の時点で商業高校の珠算は消え去っていたのではないかと考えるのである。
  珠算は、20〜30年延命したといえるのであって、これは、「珠算と商業計算との結合」を推進した山本長五郎先生をはじめとする、関係の方々の功績として称えたい。

≪商業計算と特別算法≫
  以前、大阪の河合孝先生はよく「実務(検定)2級は、省一・帰一の花盛り」言っておられたのを覚えているが、ことほど左様に「実務検定試験」の応用問題は珠算の特別算法を利をしてもらいたいと考えます。ソロバンを弾く?ことは、大脳生理学的にも精神的にも効果的であると信じています。

  『どのような文化であっても、その独特の技術や精神が正しく伝承されてこそ、未来に引き継ぐ正しい伝統が生まれるからである。』



4. ≪大珠協の誕生と1号部≫

  大阪の近代珠算史は、大阪珠算協会創立45周年を記念して発行された『大阪珠算史』が詳しい。
  協会最高顧問ともいえる西谷治三郎先生を中心とした「大阪珠算史編纂委員会」が昭和59年度に設置され、堀尾健治郎・田中延佳・山川治の先生方を委員に迎えて編纂されました。資料・史料が年ごとに消えて行く中で大変なご苦労があったと思います。
  私が委員の末席を汚したのは、昭和61年4月からでした。

  大正から昭和初期にかけての大阪では、幾つかの塾もあったと聞くが、麻田剛立を祖とする「大阪競算会」と伊勢の百日算の流れを汲む「大阪坂倉速算会」が、よきライバルとして、ある時は競い合い、またある時は協力して、今日の大阪の珠算界の礎を創られたのです。
昭和6年頃、前記の二会派に坂倉系の「大阪珠算速進会」が加わって「大阪珠算協会」を創立されました。
  その頃の商業学校では、6校連盟(東・天王寺・扇町・西・市岡・住吉)と、私友会(大商・浪商・貿易・大倉・京阪など)の珠算部が活躍していました。
  昭和15年10月には、時下の国家情勢に合わせて塾の間で動きがありました。先の大阪珠算協会(前記3団体)に日本珠算奨励会・関西珠算教師会・近畿珠算教師会・浪華珠算協会・阪神珠算連盟・珠算教授連盟・大阪珠算連盟・7団体が参加して、「大阪珠算報国会」を結成したのです。
  東京では、昭和2年珠算証明試験(主催:東京市立珠算奨励会)が、昭和6年珠算能力検定試験(主催:東京商工会議所)が始められており、大阪でも、昭和15年5月大阪商工会議所主催のよる、第1回珠算検定試験(1,2級および3,4,5級)が施行された。

  大阪商工会議所としては、検定試験を初め競技会などについての諮問や実行に協力してくれる機関の結成を考えて、東商業の富沢周夫(一憲)先生に相談したのです。東京でも会議所で実業学校の先生方の応援を得ていたので、大阪でもそれを考えたのでしょう。
  しかし、富沢先生は、「大阪は伝統的に商人・町人の町なので、私塾の関係者も参加することが必要である」と進言し、丁度結成の機運にあった「大阪珠算報国会」にも誘いかけて、現在の社団法人大阪珠算協会の前身である「全大阪珠算協会」が、昭和16年2月26日結成された。

  したがって、大珠協では、発足当初から、「学校」と「塾」が同格の会員でありました。松本為一先生は常々『学校教育法の1条校と私塾のわれわれが、同格の会員であることが、大珠協の誇りであり、特に初期における社会的な信用を得ることができたのである。これ偏に富沢先生の深慮のお陰です。その意味から、1号部会を大切にしたい』と言っておられました。

  昭和48年4月「日珠連の改組」にあたって、大珠協が率先して「新・日珠連」に参加を表明できたのは、大珠協がこの組織であったことが幸いしたのであることを、誇りに思うとともに、先人への感謝の気持ちを忘れないでおきたい。

 現在でも大阪では、第1試験場は東商業高校である。



5.≪ 伊勢百日算 ≫

  平成21年11月 フジテレビで「ニッポン人の忘れ物」という番組が放送された。
  ソロバンがその中に入らないように願うというより、われわれが努力して、忘れられないようにしないようにしなければならないと思う。
  今回は、「珠算人の忘れ物」になりそうな「伊勢百日算」について記してみたい。私は、昭和61年大阪珠算史編纂室の先生方と一度訪れたことがある。
  大阪には、多くの会派があるが、麻田流・麻田剛立を祖とする「大阪競算会」と伊勢百日算の流れを汲む「大阪坂倉速算会」とに大きく分けられることは、前項でのべたが、その「坂倉」のルーツを調査する一環として、東日野を訪問したのである。
 
  伊勢百日算は、今を去る約250年前、伊勢の国の北端に近い、員弁郡南大社郷(イナベゴオリ・ミナミオオヤシロゴウ)の「一色正芳」に源を発します。
  一色正芳(1747〜1821)は、楠正成の末裔といわれる庄屋・清水藤左衛門正親の八男として生を受けた。
  幼名を八太郎といい、13歳のとき同じ村の里正(庄屋)・一色忠左衛門の娘タノの婿養子となり、一色太郎兵衛博孝を名乗り諱を正芳と呼んだ。
  当時は、関流を初め各流派の和算が各地で行われ、各むらの庄屋では「読み、書き、ソロバン」程度の伝授がなされていた。
  このような環境の中で育った正芳は、和算に長じ、塵劫記にも造詣が深く、開平・開立についてもすぐれた才能の持ち主と認められ、開法のことを正芳算(ショウホウザン)ともいわれていたそうである。
  いつの頃からか、農閑期の約100日を利用して、村の子どもたちを集めてソロバンを教え、「正芳流百日稽古」の形式を確立していったようである。
  そこで使用したのが、割算の定実「123456879」であり、「34936343442」であります。123456879についてはよく使われるが、どの和算書にも出てこないので、正芳の考案したものであろう。一色先生を慕って集いよった門弟は「凡そ七百余人」であったという。

 その後の系譜を示すと、
一色正芳……門脇弥右衛門……三輪志芳……井上親亮 初代・二代・三代・四代・現在
となる。
 明治5(1872)年2月   「珠算百日稽古塾」を開設。
 明治33年 「共興学舎」と明治43年「共興学校」と改称した。
 その他を、私学開業願から抜粋すれば、
  教則   総テ珠算ヲ以 加減乗除 動弾ノ速ナルヲ要トス
       乗声 一息暗                 初日
       除声  同                  二日
       八算         三日目ヨリ       三日之間
       小除         六日目ヨリ       六日之間
       中除        十二日目ヨリ      三十日之間
       大除       四十二日目ヨリ      二十日之間
       乗七八九     六十二日目ヨリ       八日之間
       商立        七十日目ヨリ       十日之間
         亀井算ト去
          七十日目ヨリ 午後一時ヨリ十二時迄
         加算練磨    
       親亮及ヒ加減算   八十日目ヨリ       十日之間
       復習及ヒ 同    九十日目ヨリ       十日之間
  塾則   習業毎年      一月二十日ヨリ始メ
                 四月三十日迄終     一百日之間
                 一百日之間 祭日之外休暇無之事
       習業時間ハ 一日昼夜 十六時間トス(一週九十六時間トス)
             午前六時ヨリ始リ 十時ヨリ三十分時之間遊歩
             午後三時ヨリ三十分時之間遊歩
              同 十時ニテ終業 

 というような日程で、100日間、割算を中心に、今では考えられないような猛練習をして技術の向上を目指したのである。
  初期の頃から、37桁のソロバンを使用し、明治末までは、一指法だったと聞きます。
  広義には、一色正芳の流れを汲んでいるものを「伊勢百日算」といっても間違いではないと思うが、共興学校を以って「伊勢百日算」ということが多い。

  共興学校が輩出した卒業生は、全国(台湾・満州・朝鮮・米国を含む)に及び、川村貫治、伊藤善吉、戸谷清一、堀梅吉、高井計之助、稲垣儀一、山崎與右衛門、高橋明夫、鈴木主計、石川新次、山本長五郎、荒木勲、竹内和夫、竹内乙彦、三重県では曽我和三郎、米川茂、大阪では前田富造、井上重雄、倉野忠、……系統を引く人は日本全体におよび書ききれない。

  このように近代珠算は共興学校から始った。
  初代井上親亮は現代珠算にとっての「大恩人」であり「伊勢百日算」の果たした功績を、今こそ再認識をするとともに、次代に伝えていくことはわれわれの責任である。
「珠算人として決して、忘れものにしてはならない。」

    
6.≪フラッシュ暗算≫について

  大阪坂倉速算会が、昭和31年から40年まで「珠算技能振興競技大会」という特色のある大会を開催されて、大阪の一流選手の大きな目標となりました。中でも種目別競技の一つの「掲示数暗算」は選手たちの暗算力を啓発し、暗算の普及・向上に貢献されました。     
  3,4枚大の模造紙に、10桁10口の見取算問題を故山下英一先生が作成されていたことを懐かしく思い出します。

【大阪珠算月報644(H16.9.18)から転載】
  私は、今もてはやされている「フラッシュ暗算」に不安をもっています。
  いつの頃からか「テレビ暗算」なるものが考案され、それに続いて「フラッシュ暗算」が開発されました。それがテレビのバラエティー番組でも取り上げられ、その新しい試みにスポットライトがあてられるようになり、最近では競技会をはじめ種々のイベントで目にすることが多くなりました。
  日珠連では「暗算能力コンピュータ検定試験」という名称で検定試験が実施に向けて動き始めました。
 なるほど、@ I T時代の申し子にとって、違和感なく興味をもつ。
  A 傍観者に臨場感をもたせるとともに、計算スピードが直接伝わり、珠算式暗算の威力を認めさせる。
などの利点は認めることにやぶさかではないが、ある記事によれば「低年齢の珠算学習者に対しても効果的である」ということが載せられていた。しかし、本当にそうであろうか。また、何に対して、どのような効果があるのだろうか。
  昭和28年の「テレビ放送開始」以来50年余の間「身体、学習と知覚、読書、攻撃行動、健康とライフスタイル」等々、子どもへの影響がとりざたされてきた。
  最近、東北大学の川島隆太教授によると「テレビが子どもの脳に及ぼす影響についての科学的データは、まだ世界的にもない。子どもの脳がどう発達していくかの研究もこれからです」という。
  『創造思考の技術』で中山正和氏は「大脳皮質が受け入れる刺激の量は、目からはいるものは、耳からのそれの580倍ぐらいと計算されている。『百聞は一見にしかず』というが、五百八十聞にしかずということになるから、このテレビのマドは、子どもにとって大変な情報源になる」「このテレビのマドからはいってくる知識だけは、絶対に昔はなかったものである」とすでに30年以前に指摘している。
  子どもの生活環境改善委員会の調べによれば、「テレビ漬けの子どもは、言葉の発達に遅れが出ている」「乳幼児にテレビ、ビデオを長時間見せるのは危険である」と警鐘を鳴らしている。
  『アエラ』誌は「カラーテレビとともに育ったテレビ第一世代が子育て世代になり、テレビのつけっぱなしに違和感がない」「テレビ番組だけでなく、ビデオやテレビゲーム、特に早期教育などの幼児用ビデオソフトの普及」などの問題点をあげている。
  昭和53年「スペース・インベーダー・ゲーム」が爆発的なブームとなって以来、今やテレビゲームが子ども達の身も心もとりこにしている実態は大問題である。
  日本大学の森昭雄教授は、脳波のα波とβ波の脳波測定実験を行い、
  *ノーマル脳(ほとんどゲームをしない人、β波が活発)
  *ビジュアル脳(テレビなどの視覚刺激に慣れた人)
  *半ゲーム脳(週3〜4日、一日1〜3時間ゲームをする人)
  *ゲーム脳(毎日2〜7時間ゲームをする人、ゲームしない時でもβ波はゼロに近い)
に区別して、「ゲーム時間が長い人ほど、前頭前野の活動レベルが低下する程度が大きく、ゲームをしない時も、回復しない」と警告している。

  そこで「フラッシュ暗算」であるが、
  はたして「フラッシュ暗算」は、眼にも脳にも影響はないのであろうか。
  ゲームなどのディスプレイによる視覚情報と差異があるのか。
このフラッシュ(閃光)は近頃よくいわれる「動体視力」とも異なり、われわれが日常生活において経験する視覚情報のいずれにも属さない、特異な媒体であることに一層不安を抱くのである。
  『脳と視覚』によれば、
  「低周波のちらつきは、不思議な現象をひきおこす。おそらく視覚系が直接的に混乱させられるのであろう。感覚はあまりに貴重なので、不必要な酷使や損傷を受けるべきではない」とある。

  最近は「大脳生理学」「精神医学」の研究がめざましく進んでいて、科学的データを得る機器が開発されている時代である。
「日本数学協会」や其の他の研究機関に依頼して、「安全、且つ効果的である」ことを早急に実証してもらって、私の不安を払拭してほしいものである。
  そして安心してこの検定試験の普及に協力できることを、願って止まないものである。



7. 万博から40年

 日本の経済発展の象徴として大阪千里丘陵で「人類の進歩と調和」をテーマとして開かれた万国博覧会から本年(2010)は40年を経過した.b
◎ 開催までの経過
44.2.23  特対部(林屋和男委員長)万博に関する概要案決定
  2.27  万博本部と交渉開始(6月までに4回交渉)
  10. 8  万博本部へ参加許可願を提出
45.1. 8  工事中の野外劇場を下見
  1.17  万博運営委員会設置
  2.12  万博本部より参加許可決定の通知
  5.16  万博準備委員会設置、成功を期すには種々専門的情報が必要であるので、
       川崎享治郎理事の知人・宮沢孝四郎氏を通じて、関西テレビのプロデュウサー松根広明氏に依頼した。
  6.27  ポスター、案内書作成
  7.18  構成原案、予算、実行委員確認
  8.14  演技係打ち合わせ
  8.22  野外劇場へ出向き現場担当者と最終打ち合わせ
  8.23  参加者全員でリハーサル(於大阪商工会議所)
  8.26  団体入場券受領
◎ 昭和45(1970)年8月29日(土)
 世紀の祭典「竹と木」万博そろばんショー〈国際珠算演技〉主催社団法人大阪珠算協会,後援日本商工会議所・大阪商工会議所・日本珠算連盟.
 豪華けんらん,全国珠算人の期待と注視をあびて8月29日(土)午前11時,さっそうと開幕した.
 世界の国ぐにから集まった入場者は3年前のモントリオール博の記録を破り64,218,770(ムシンニイヤナ70年)人.この野外劇場でも「そろばんショー」が2,100人という記録破りで万博協会から野外劇場関係者に“大入袋”が出たという.
* スタッフ
司会:浜村淳、アシスタント:村田真知子、エスコート:森下順子、通訳久保田郁子
音楽:今西健太郎とブルーセレナーダス、演出進行:松根広明、技術:宮沢孝四郎、
音声:山尾市彦、美術:藤田哲朗博、照明:牧宏
  浜村淳の名司会ぶりもあって2時間半にわたる演技を見守る観客は,35度という暑さを忘れ,席をはなれることなく,別れの蛍の光まで熱心に観覧した.このショーこそ進歩と調和の意義を十分果たしたといえよう.NHKのヘリコプターも機上から,ショーの盛況さを撮影し夜11時のニュースで流した.
  第1部は「四則計算」で小学生22名が出場,見取算5題・乗算5題・除算10題・見取暗算5題
  第2部は「掲示数暗算」で小中高校生各3名が出場,見取暗算・乗暗算・除暗算.
  第3部は「買い物計算」 外国人(インド、オーストラリア、オランダ、大韓民国、中華民国)が飛び入り出演
  第4部は「高段者による珠算演技」で種目は乗算・除算・見取算・伝票算・読上算・読上暗算の6種目.出場者は雨池健三名人(23才)・伍賀新一十段(20才)・西川善彰十段(24才)・加藤敏夫十段(22才)・寺田耕治郎九段(22才)・
       押谷秀男九段(20才)・篠崎裕子九段(20才)・岡田早苗九段(21才)・谷口稔九段(18才)の9名.
       「国際演技」として,大韓民国の金東珍選手(韓一銀行)
中華民国から周正成(中学1年)
わが国の初代名人雨池健三選手が出場した.
  写真班ではこのショーの模様を,30分映画にすべく計画,3名が編輯にあたり,録音テープと合わせ“音の出る”8ミリ映画を製作した.
  この「万博そろばんショー」の大成功は,大珠協の役員・評議員・地区長など全会員の協力によるものであるが,特に林屋和男理事と委員諸氏には、万博協会本部との交渉。協賛団体等への働きかけ、一般社会・会員・保護者・珠算団体へのP.R、予算の運用等裏方として絶大なる尽力に感謝したい(西谷治三郎先生著『大阪珠算史』より転載)

≪8月の行事≫
8月 9日(日)「第1期珠算名人位決定戦」大阪商工会議所国際ホール
        午後5時、互助会レクレーション{万博見学会}
8月15日(土)「第10回東西珠算懇談会」 大阪高石・羽衣荘
8月28日(金)「第7回国際珠算競技大会」   〃    〃
8月29日(土)「万博そろばんショー」  万博・野外劇場
このように多くの行事を、よくつぎつぎと成し遂げられたものです。現在まで受け継がれている大珠協会員の団結力と実行力を今更ながら誇りに思います。

  「名人戦」の発案者であり、この「万博そろばんショー」にも大きな貢献をはたされた、
  川崎享治郎先生が、平成22年1月1日心筋梗塞により急逝されたことを最近知った。79歳のご生涯であった。駆け出しの珠算教師であった私にとって有形無形の良きご指導を頂いた恩人のお一人である。
  ご冥福をお祈りいたします。
posted by そろまんが at 21:34| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月04日

開設にあたって

いらっしゃい! 【 ソ ロ ば ん か き ょ う 】 へ よ う こ そ。

  ソロバンを、いろいろな観点からとらえるので、万華鏡(まんげきょう)とし、

  「 ソロバン 」 + 「 万華鏡(ばんかきょう) 」 + 「 花鏡 」から、
 

  ブログ・タイトルを 《 ソ ロ ば ん か き ょ う 》 としました。

  
また、過去だけでなく、未来をも見据えるという意味から、

   サブタイトルを「 珠算の 昨 日・今 日・明 日 」 としました。
  
これは、珠算技術・競技の奥義を教示していただいた、塩見利夫先生を偲ぶ気持でもあります。
 
  よろしくお願いします。




 「珠算資料館」の開設にあたって


 このたび、ブログ「ソロばんかきょう」なるものを開設する運びになりました。

 ソロバンの原型は、その文明が発生と同時に出現したものと想像できるが、現在われわれの使用しているソロバンは、中国で生まれたといえるであろう。
 16世紀中葉わが国に伝えられたソロバンは、その「伝来」が時宜にかなったこと、また、その「操作方法」が日本人の特質に合致したことが幸いして、急速に全国的に普及していった。
 その結果、「学問的」には「和算の発生と発達」に寄与し、「社会的」には「商工業の発展」を促し、「教育的」には「庶民の水準の向上」に貢献して、それぞれが明治維新以後の日本人のポテンシャル(潜在能力)になった。

 しかし、近年の珠算人の言動を見ていて、日本が世界に誇れる伝統文化としての「珠算」を次世代に引き継ぐには、このままでよいのであろうかと、危惧を抱いている。
どのような文化であっても、その独特の技術や精神が正しく伝承されてこそ、未来に引き継ぐ正しい伝統が生まれるからである。

 幸いにも、私は大阪珠算協会で、西谷治三郎先生から「珠算史」を中心とした珠算に対する見識を学び、貴重な書籍をいただいた。その後入手した資料や史料などを整理して、まとまったものから少しずつ掲載したいと考えている。
 その際、できる限り正確を期するよう心がけたが、何分にも限られた情報網ということで、疑問な点や問題点が多々あろうと思われるので、お気づきの点はご忌憚なくご指摘いただいて、より実のあるものを後世に残しておきたいと考えている。

 ソロバンについて述べると、必然的に「和算の分野」に踏み込むが、「珠算関係」だけでも奥が深く、広範囲にわたるので、できるだけ「珠算・ソロバン」を逸脱しないように心がけた。
また、「そろばん」の呼称については、「算盤」(サンバン)とは本来「算木の計算で使用する盤」のことを指すので、平仮名表示もあるが、片仮名の「ソロバン」で統一した。

 なお、まだ眠っている資料のご提供や、アドバイスなどを頂ければ有難いと思います。
posted by そろまんが at 15:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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